寄り合うこと

「かおり風景」第35回掲載/令和2年

 「密閉」「密集」「密接」が重なることによって、新型コロナウイルスの感染の可能性がとても高くなり、クラスター集団を形成してしまう。感染拡大に立ち向かうためには、一人一人が人との出会いを平常の20パーセントくらいに抑えて数週間を乗り越えようと必死だ。仕事も学校も買い物も、あらゆる日常生活が麻痺してしまっている。経済活動がほとんど凍結状態にあるため、社会が冷え込んでしまった。とにかく自宅で自分を守って過ごす、という日々が続いている。人に出会うことに危険を感じてしまうほど、異常な時間が流れている。
 15世紀から16世紀にかけて、我が国では、寄合の芸道が生まれた。軽い建具が生まれ室内を細かく仕切り座を敷き詰める。戦乱に明け暮れ命の儚さを思い知らされる。人々は寄り合い、静かに時空を共有することの意味を知ることとなった。「一期一会」「一座建立」「賓主互換(ひんじゅごかん)」「吾唯知足(われただたるをしる)」「和敬清寂」......この時代の人々が、寄合の中で気付き今日まで伝えてくれた、多くの哲学が知られている。世界には多様な文明文化が展開してきたのに、我が国独自の精神性の高い芸道文化はたいへんユニークで、グローバル化の進む現代社会において異文化圏の人々を魅了し始めている。
 私たちは、人と出会うことによってのみ、自らが人として命を育んでいることを確認できる。歴史の中には、世捨て人や放浪の旅人と呼ばれた人も知られているが、その生きざまの帰着点が、 寄合の芸道が生んだ「市中山居」という境地ではないだろうか。
 茶・花・香・歌など、寄り合うことによって生まれた多様な芸道文化は、人が命を見つめる手立てとして、素晴らしい安寧の時間と空間を保証してくれたのだと思う。
 五感によって、私たちは命に潤いを与え安心の環境を確認し積み重ねている。本来の人間性を失うことがなければ、この原始的な本質は変わることはない。感染症の恐怖から脱した時、いま一度この寄合の意味を見つめ直し、強く享受することが起こるのではないだろうか。香りの仕事は忙しくなる。

筆者
畑 正高(香老舗 松栄堂 社長)

千年の都に生まれ育ち、薫香という伝統文化を生業にして、日頃考えることや学んだことを折に触れ書きつづっています。この国に暮らすことの素晴らしさ、世界の中に生かされていることのありがたさ…お気付きのことがありましたら、お聞かせください。