会社の朝礼で二分間のショートスピーチがある。話題はなんでも構わない。毎日、思いもかけない情報を得る機会で楽しみにしている。
先日、一人の女性が、学生時代に挑戦した飛騨高山への一人旅、お世話になったゲストハウスの話を提供してくれた。枕元にお礼の手紙を残して帰るほど感動して良い想い出になっているとのこと。その後、ハガキのやり取りが続いているそうだ。
話を聞きながら、いくつかの記憶が蘇ってきた。私は、学生の頃一人旅を楽しんだ。ユースホステルを利用して、四国・九州や東北へと、宿泊履歴のスタンプを集めて楽しんだ。挑戦は海外までに及び、ユースホステルのスタンプ帳にはそれなりの貫禄も備わった。当時教えられた毛布のたたみ方は今も身についている。
高校一年の冬休み。太平洋に昇る初日の出を迎えたいと師走三〇日の夜行列車に揺られ、宇高連絡船から徳島経由で辿り着いた室戸岬。初めての宿泊は、最御崎寺ユースホステルから始まった。元旦のバスで室戸から高知の町まで、初詣の家族連れが羨ましく少し郷愁を覚えたのを思い出す。
長崎県茂木港から富岡へフェリーで渡り、天草の崎津の天主堂を訪ねたとき、道ですれ違いざまに立ち止まり学生帽を取って「こんにちは!」と挨拶をしてくれた中学生が忘れられない。この時の印象が、私の中では「素朴」という言葉に重なっている。
鹿児島のえびの高原ユースホステルで一緒になった四人で、霧島の山々を縦走した。韓国岳から獅子戸岳、新燃岳を経て高千穂河原まで、それから一人で高千穂峰も制覇した。新燃岳では噴火口から白煙が上がっていたし、高千穂峰では天に向かって青銅の剣が神々しく祀られていた。
木曽の御嶽山を登った時、下山は開田村へとルートをとった。長い道のりを経てようやく辿り着いたバス道で、切手を貼らずに両親宛の絵葉書を投函してしまった。その葉書は、後日、開田村郵便局の消印とともに切手もきっちり貼られて自宅へ届いた。母の実家が山村の郵便局だったこともあったのか、何かしら暖かな局員の方々の笑顔を想像して嬉しかった。
旅の想い出は尽きない。
初めての夜行列車の暖房の匂い、天草の潮の香り、霧島の硫黄の匂い、木曽の針葉樹の森。朝のショートスピーチから、若い頃の記憶が香りや匂いとともに脳裏に蘇った。
筆者
畑 正高(香老舗 松栄堂 社長)
千年の都に生まれ育ち、薫香という伝統文化を生業にして、日頃考えることや学んだことを折に触れ書きつづっています。この国に暮らすことの素晴らしさ、世界の中に生かされていることのありがたさ…お気付きのことがありましたら、お聞かせください。