30年を迎えて

 「香・大賞」が30年を迎えました。たくさんの方々にお世話になって、数多くの香りの作品に出会うことができました。創設当時は、エッセイと写真の2部門がありました。
 30年前、世の中はまだ右肩上がりの時代。香りに立ち止まって生活のリズムや潤いについて考えてみるなどということは、ほとんど話題にもありませんでした。一方では、我が国固有の伝統的な美しさなども忘れ去られる様子が見えて、少しずつ危機感が生まれつつあった、そんな1980年代中頃だったと記憶しています。
 熱心な社内からの声に応じて父が発起したコンテストでしたが、小さな企業の中で全くの素人集団でしたのでその取っ掛かりもわからずにいました。その時にご紹介いただいたのが写真家の原栄三郎氏でした。私が初めてお目にかかったのは、表参道の喫茶店。その出で立ちの個性的な印象におもわずたじろいだ記憶は今も鮮明です。原氏のご紹介で藤本義一氏が審査委員長を引き受けてくださいました。父とご縁のあった中田浩二氏が応募された全作品に目を通して審査の基礎を整えてくださいました。この中田氏のお仕事は、30回全作品に及んでいます。写真部門の審査は原氏と久里洋二氏。授賞式の前日、このお二人が新幹線から京都駅に降り立たれた時、あまりの強烈な雰囲気に震撼したというのが正直な記憶です。駅前のホテルで、ポケットから空の袋を取り出し同じ銘柄のパイプ煙草を買ってほしいと久里氏から依頼を受けました。特殊な銘柄を求めて、あわてて百貨店へ走ったのも楽しい思い出です。
 今になって思い返してみますと、創設の当時、力を合わせてこのコンテストを立ち上げてくださった方々は皆さん現役の真っ最中。藤本先生は、胸の携帯ラジオをイヤホンで聞いてスポーツ新聞への記事を書いておられました。各界で忙しく活躍をされていた方々がよくも時間を割いて力を集めてくださったことと、改めて感謝します。「香り」という当時未知のテーマ所以であったろうと思います。
第9回の時には「香句会」を催しました。楽しい試みでしたが、予想を超える応募作品を前にして審査会は大変でした。1990年代に入ったころ、写真部門の審査会では、常に『写真』の定義についての議論が起こりました。フィルムとデジタル写真のせめぎ合いでした。その議論は数年のうちに、コンピューター処理されているかどうかの議論となり、『写真』にコンテストとしてかかわることの難しさを感じるようになりました。第15回を節目に写真部門を終了させていただきました。原先生、秋山正太郎先生、そして中澤久和先生のご指導に感謝しております。
 香りをテーマに寄せられた作品群は、実にユニークでした。花・香水・化粧品・故郷や家庭の味・果物・家族・生老病死などは定番と言ってよいと思います。30年の期間を通じて常に取り上げられてきた主題です。一方で、思いもよらない切り口で、人と香りについて考えさせられる作品にも数々出会いました。
 嗅覚を失われた方の体験談や、そのご家族のご苦労には考えさせられるものがあります。未だ、身体障害の一つとして認知もされず社会保障の対象として話題にも上っていないのです。
 こんな話題もありました。地中深く掘り進む炭坑の暗闇と騒音の中では、緊急事態が発生した時のために、一定間隔で悪臭を閉じ込めた瓶が置いてあったそうです。瓶が割れて非日常な悪臭が広がることで、命の危険を察知して避難も可能となったとか。香りや匂い、悪臭と芳香という言葉の概念を改めて考える大切な機会をいただきました。
 当初は、戦争の記憶に基づく作品にたくさん出会いました。出征の日、見送りの人々を待たせながら暗い階段の下で抱きしめてくれた母の胸の柔らかな香り。人生の最終章を生きる男性のエッセイに胸が熱くなりました。平成7年には阪神淡路大震災が起こり、審査委員長の藤本先生ご自身も被災され家具の隙間で九死に一生を得られました。その後の応募作品を通じて私たちも多くのことを学ぶこととなりました。平成23年の東北大震災は、これからの作品に大きな爪痕を見せることと思います。
 30年続けるうちに世代が移り、戦争の記憶は最近の作品からは薄れてしまいました。それに代わるかのように、海外での体験や現代社会での孤独感、企業戦士の疲労感、豊かな地域文化というように時代を反映した話題を数多く寄せていただくようになりました。
 「香・大賞」の30年は、まさに社会の変遷を映しこんだ鏡のような側面を持ちます。移りゆくものと変わり得ないもの、日常と非日常、個を取り巻く家族や友人という小さな社会から地域・国・外国・地球環境、そして美しい自然や季節の移ろいなど、その中で一人一人が許された時間を人生として生きているのです。五感の一つ、嗅覚に働きかける香りが、私たちの生活にとってどのような意味を持ち働きをしているのか、これからも折々に心に留めてエッセイとして応募してください。お待ちしています。
 藤本先生は、26回で審査を終えられました。27回からは、鷲田清一先生にご指導をいただいています。お二人ともとても守備範囲の広い関西人というところに、大きな流れを継承していただくことができたと喜んでいます。私は、京都に育まれた伝統産業の一員として、京都から「香・大賞」を発信し続けたいと思っています。世を去られた藤本先生・原先生・秋山先生のご冥福をお祈りし、そして父に感謝し、次なるステージへと歩を進めたいと願っています。

筆者
畑 正高(香老舗 松栄堂 社長)

千年の都に生まれ育ち、薫香という伝統文化を生業にして、日頃考えることや学んだことを折に触れ書きつづっています。この国に暮らすことの素晴らしさ、世界の中に生かされていることのありがたさ…お気付きのことがありましたら、お聞かせください。