入賞作品の発表

第40回 「香・大賞」

佳作
『 線香探し 』
鴻坂 玲緒(こうさか れお)
  • 75歳
  • 神奈川県

 妻が亡くなって、はや3年が経つ。自宅の仏壇に線香を絶やしたことがなかったが、ある日、妻が生前にストックしていた線香がなくなりかけていることに気が付いた。気が付いた時には、既に残り数本しかなく、至急購入する必要が生じた。
 妻は、香りが抜けないようにと、すべての線香を、乾燥剤を入れたプラスチック密閉容器に保存していたので、オリジナルの箱や束帯がなく、どこのメーカーの何という線香なのかがわからない。
 困った私は、残った数本の線香を持って、銀座にある老舗の線香屋さんを訪ねることにした。専門家であれば、線香の香りを頼りに、商品を特定してくれるだろう。
 そんな中、私が銀座に行くことを聞きつけた隣家の孫娘が「私も行く」と言ってきた。孫娘は、6歳である。最近、私が、駅の段差で躓(つまづ)いて転んだことを知っていた孫娘は「おじいちゃん一人じゃ危ないからね」と、どうやら心配してついてきてくれるようなのだ。まだ幼いのに、おしゃまな子だ。
「銀座に行ったら、おいしいケーキを食べようね」などと、私は孫娘にご褒美をちらつかせながら、二人水入らずの小旅行を楽しめるという高揚感でウキウキしていた。
 だが、これに対しても、誰に入れ知恵をされたのか、孫娘は「あまり気を使わなくてもいいよ」と、あくまでも、おませを貫く。
 銀座の線香店に到着したら「わー、かわいいお店。和菓子屋さんみたいね」と、屈託なく喜ぶ。もちろん、線香を買いに来るのは、生まれて初めてなのだ。
 私と孫娘は、お店の人が出してきてくれた「候補商品」3点を手に取り、当てっこをしたが、私が迷っている中、孫娘は、3つ目を嗅いだ瞬間「これよ、これがおばあちゃんの香りよ」と叫んだ。お店の人が「お見事、その通りですよ」と答えた。もう一度手に取って嗅ぐと、確かに、家の香りがした。