入賞作品の発表

第41回 「香・大賞」

日本経済新聞社賞
『 好きになれない匂い 』
岸 和夫(きし かずお)
  • 80歳
  • 群馬県

 家中が桑食む蚕の音の海
 野球用具は縁側の隅

 数年前に詠んだ歌である。母屋の1階も2階もお蚕だらけで、廊下の隅で寝た。昭和30年代の農家の姿でもある。
 蚕が家中を占領していると蚕のフンの独特の匂いが体に染みついてしまう。例えば、魚粉を桑にふりかけ蚕の体内を通り発酵させたような鼻につく匂いだ。
 ごま粒みたいな黒い目、桑を食べつづける口、イモ虫みたいにクニャクニャして動く。
 夜も昼も食べとおしだ。フンもどんどん溜る。1ヶ月もすれば、口から糸を吐き、白い繭をつくる。自分は蛹となり繭の中へこもる。
 製糸工場の女工さん達が繭から生糸を紡ぎ練りをかけ絹糸にする。明治、大正、昭和と輸出の花形で日本の経済を支えてきた。絹糸の衣類は軽く、艶があり、気品があり、風通しもよく、外国の女性に大人気だった。
 女の子が生れるとキヌエ、絹子、まゆ、などと名前が多く付けられた。どの家でも、中学生は立派な働き手だ。畑の桑の木から葉のいっぱいついてる枝を切って運ぶ。本当に重い。肩にくいこむ。今でも、私の左肩は下っている。蚕は竹でつくった畳一枚位の平らな籠の上にいて、10段の立体の枠におさまっている。フンを掃きだし、桑の葉を与える。家族全員で働いた。母親は繭になるまでの全体の責任者なので、寝る間もない。重労働だ。
 フンは天日乾燥させ、ヤギや羊の餌になる。目を細め美味そうに食べている。聞いてみると「元々桑の葉っぱだも、ウメー、ウメー」と答えた。畑に撒いて有機肥料になる。
 あの匂いは今もよく覚えている。匂いの強いフンがあって、いい蚕になる。いい蚕でなければまっ白な繭が出来ない。この繭が美しい絹糸をつくってくれる。見方を変えれば、好きになれないフンと匂いが日本を支えた恩人なのかも知れない。