入賞作品の発表

第40回 「香・大賞」

日本経済新聞社賞
『 その時が来ると信じて 』
ほそみ。
  • 29歳
  • 団体職員
  • スロバキア

 大きなトラックに積まれた40トンもの木炭の山。ニット帽をかぶり、ダウンに包まれた人々がそれを手作業で運び出す。パソコンの画面をスクロールすると現れる別の動画では、暗い部屋の中で木炭を暖房器具に放り込み、パチパチと音を立てながら火を燃え上がらせる。
 私はこれらの写真や動画を見ながら、想像する。キンと肌に張り付く冬の冷たい空気。口からふわっと出てくる白息。少し埃っぽい地下の倉庫と、ヒーターから漂う木の燃える香り。きっと私はそれを嗅いで不謹慎にも思うのだろう、BBQの匂いみたいだと。そこまで思いを巡らせ、ニヤリと口元を緩めたところで、我に返る。
 私はこの場所に行くことが、許されない。
 ウクライナの東部、ドニプロとザポリージャという二州は、2022年2月24日のロシアによる侵攻以降、厳しい戦火の中にある。毎日のように8時間もの停電が起き、いつどこで頭上から爆弾が落とされるか分からない。だが、そのような環境下でも冬はやってくる。
 気温は氷点下となる上に、空爆により窓ガラスが割れていることも少なくない。その中、停電や燃料不足により暖を取ることができない。正直、生命の維持に関わる危険な状態だと言える。だから、これらの地域の人々が、少しでも温かく過ごせるようにと、在籍しているNGOの支援の一環として、私は避難民が多く生活している施設への木炭配付を行った。
 3か月間、ウクライナ人の同僚と毎日連絡を取り合い続け、11月7日に配付が完了したという報告と共に写真と動画が送られてきた。心底安堵したと同時に、画像一つ一つに目を通した。
 私はまだ、写真に写る場所の本当の香りを嗅ぐことができない。その焦燥感が心を渦まき、どうしようもなさに落胆する。だが、いつの日か自分の目で、耳で、鼻で、すべてを吸収できる時が来ると信じ、願ってやまない。