入賞作品の発表

第41回 「香・大賞」

佳作
『 あぶり出しの年賀状 』
草野 浩(くさの ひろし)
  • 65歳
  • サラリーマン
  • 東京都

 いつものことだが、年の瀬になると年賀状に悩まされる。歳が行くたびに枚数も増え、大変なことになる。これはもう作業と言ってよいのではないか。今もテーブルの上には沢山の年賀状の山。それをぼんやり眺めていたら、ふと昔のことを思い出した。中学生の頃、友人から届いたあぶり出しの年賀状だ。表には住所と名前が書かれているが、裏は真っ白。「あいつ、なんなんだよ」と思ったが、ハガキを傾けるとうっすら模様のような筋が見えた。微かな凸凹や色の濃淡、すぐあぶり出しだとわかった。あいつらしい。火であぶると、淡い文字が浮かび上がった。ハガキいっぱいに大きく書かれた謹賀新と横に小さく添えられている年という文字。書きなれてないせいだろう。文字を大きく書きすぎて、年が小さくなってしまったのだ。だが、自分の書いた形式だけの年賀状に比べると、あいつの年賀状には相手を喜ばせたいという気持ちが込められている。本来年賀状というものはそういうものなのだ。ストーブであぶると、甘く焦げたオレンジの香りと、自慢げなあいつの顔が浮かんできた。あれから半世紀。年賀状の様相も変わり、メールで「今年もよろしく」と打つだけの風情のないものも多くなっていると聞く。「そうだ! あいつにあぶり出しの年賀状を送ろう」。キッチンでオレンジを絞り、白いハガキに筆を走らせる。練習用を火に近づけると淡く文字が浮かんだ。思わず、中学生のころの気持ちに戻ったような気がした。こんなワクワクした気持ちで年賀状を書くのは初めてだ。ハガキには、中学時代を思い出し、同じようにハガキいっぱいの謹賀新と、その横に添え物のような小さな年を書いた。これを見たらあいつはどんな顔をするだろう。中学生の頃の私と同じ嬉し悔し顔をするだろうか。立ちのぼるオレンジの香りと共に、遠い記憶が静かに灯りだしたような気がした。香りは、記憶の火種だ。消えたと思っても、あたためれば、必ずもう一度立ちのぼる。