入賞作品の発表

第23回 「香・大賞」

銅賞
『 遺された香り 』
髙橋 絵里
  • 44歳
  • 主婦
  • 愛知県

 よく晴れた5月の朝だった。いつも通り、仕事へ行く前、大急ぎで洗濯物を干していた。すべて干し終え、隣の家の2階のベランダを見た。ドキッとした。いつもならもう開いているはずの雨戸が閉まったままだったから…… 隣にはおばあさんがひとりで住んでみえ、朝晩の雨戸の開け閉めで、無事を確認していた。
 すぐ隣へ電話をかけてみたが、出ない。車は車庫にあるので留守ではない。何かあったんだ……今、助けてあげるからね……。
 外へ出ると、隣の玄関へまわった。鍵がかかっており、ベルをならしても返事がない。今朝の新聞がささったままだった。
 110番通報をした。しばらくすると、警察の人がきて、物物しい雰囲気となった。
 いろいろ調べ、2階のベランダから警察の人が入ることになった。30分ぐらいして「1階のソファの上で、パジャマ姿で亡くなっていたよ」と告げられた。おばあさんは、高齢で、ひとり暮らしにもかかわらず、びっくりするぐらい明るく、華やかで、美しかった。亡くなる前日も車でデパートに出かけ、ケーキを買ってきてくれた。
 夕方近くに、やっと落ち着いた。
 御参りをしようと玄関に入ったとたん、今まで嗅いだことのない香りに包まれた。死の香り。おばあさんは布団に寝かされ、顔には白い布がかけてあった。白い布をとると生前の気の強い表情のままで、ほっとした。髪も乱れることなく、死後一日しかたっていなかったので、美しいままだった。不思議と悲しくなかった。子どもさんがなく、天涯孤独な人だったので、自分の最期に、不安を感じておられるのは痛いほどわかっていた。前向きという言葉が好きな人だったが、いつまでそう言っていられるのか……そのうちひとりで暮らせなくなり、まわりの人に迷惑をかけるようになると思っていたが最期まで自分の生き方を貫いた人だった。人は生きてきたように死ねるのだと教えてもらった。