図書館で働いていると、本に染み付いた香りに敏感になる。本を開いた時に漂う、異国を思わせる香りや、時にはカビ臭さ。それぞれの歴史が、鼻だけでなく心までくすぐるようで、私は思わずページに顔を近づける。
ある日、嗅いだことのある香りに出会った。懐かしいような、つい最近も包まれたような。
思い出そうと目を閉じると浮かんできた光景、それは、狭い仏間だった。コタツの上には、大学ノート。
私は祖父母に育てられた。細々とおかず屋を営んでいた祖父母も、立ち退きにあってからは年金暮らし。かなり貧しかったと思う。「思う」どころではなく、実際貧しかったのだが、少女の私には、それを思う心の余裕はなく、反抗ばかりだった。親がいないことで、自分だけが不幸だと思っていた。
祖母はずっと家計簿をつけていた。家計簿といっても、大学ノートに線を引いただけのもので、それはいつも、仏間のコタツの上に置いてあった。中学生の頃だったか、何気なくそれを開いてみた私の頬には、気付けば涙が流れていた。
『リサおやつ 50円』
『リサこづかい 300円』
『リサ文房具 100円』
『リサ床屋 1500円』
シャケ 200円、などと並んで、そこには毎日私の名前があったのだ。丸まった背中で私を育てる苦労と、その苦労を厭わない祖母の愛情が、震える文字から感じられて、涙が止められなかった。不幸ぶっている自分が、ただ恥ずかしかった。
嗅いだことがあると感じたのは、本に染み付いたお線香の香りだったのだろう。仏間にあった大学ノートと同じ香りが、偶然、懐かしい記憶を呼び起こしてくれたのだった。
私の体に染み付いている祖母の愛情は、時を越えて、今も私を勇気づける。目には見えなくても、香りとともに、ふと蘇って。