入賞作品の発表

第23回 「香・大賞」

銅賞
『 頑固親父 』
阿部 広海
  • 58歳
  • 建築業
  • 静岡県

 小春日の縁側で、今日も黙々と親父は仏像を彫っている。
 宮大工だった親父は、92歳まで現役で働いていた。リタイヤして2年になるが、まだまだ弟子たちのことが気になるようで、時々現場にひょっこり顔を出しては世話をやいている。
 若い頃は鬼の棟梁と呼ばれ、みんなに怖がられていた。仕事への厳しさも半端ではなかった。早朝から夜遅くまで現場に出ずっ張り、休むのは正月三ヶ日だけ、子供の頃親父が家に居るところを殆ど見たことはなかった。
 どんな仕事でも完璧主義を貫く。仕口や継手が少しでもずれれば即、やり直し、電動の道具は一切使わない。自分の腕一本で勝負する。組子の加工や反り屋根の垂木、破風造作などは、長年の経験と勘がものをいう。宮大工の腕の見せ所と豪語する。
 雨の日は絶対に仕事をしない。湿気で木が狂うからである。もっぱら道具の手入れに時間をかける。
 木は生きている。呼吸をし、声を発している、という。“木との会話ができる” これがいい仕事の条件だ。親父の流儀である。
 普段は頑固一徹だが酒が入ると機嫌がいい。十八番の浪曲が出る。ユーモアたっぷりに洒落も言う。
「ワシャ一国の主(あるじ)より偉いんじゃ カーターやニクソンにも負けんぞ、大棟梁じゃからな……」
と言って家族を笑わせてくれる。
 初冬の夜長、久しぶりに親父と熱燗をくみ交しながら昔話に花を咲かせた。ラバウル航空隊の自慢話に口も軽い。私は決まって親父の戦友になりきる。
 酌をしてくれる親父の掌に顔を近づける。太く、厚い指先からなつかしい香りが漂ってきた。子供の頃親父に抱かれた時の、あの匂いと同(おんな)じだ。何十年も染みついた木の香りする匂いだ。この木の香りが好きで親父と一緒になった亡きおふくろのことを私は思い出していた。