今日は、自分でも落ち着かないのがわかる。
「ええか、なんも言うなよ、なんも問うな」
婆さんから、きつく釘をさされちまった。
何時ものように納屋で作業を始めたもんの、どうも仕事に手がつかねえ。
バスの遠ざかっていく音が聞こえたので、納屋の節穴からそっと覗いて見る。
娘だ、隣に寄り添う小さな男の子、あれが、あれが今日から家の孫、龍季だ。
穴が小さすぎて顔が良く見えん。
何て、声をかけりゃあええもんか、口下手なもんで、納屋から出ていく自信がねえ。
訳など聞かんでええな、親が子を守ってやんのはあたりめえ。傷ついた孫の心を、爺婆が暖めてやんのもあたりめえの事だ。
意を決して、ねじり鉢巻きのまま
「おう、龍季か、爺だぞ」
と家へ入る。
娘と目が合った。潤んだ目で、だまって畳に両手を置き、頭を下げる娘と2才の孫。
「大事な孫に、何て事をさせるんだバカモン」
叱った自分の目から涙が溢れそうになり
「龍季、重くなったべなあ、どれ」
ぎゅっと抱き上げ、涙を飲み込んだ。
「爺ちゃん納屋にいるんで遊びに来いな」
納屋に隠れ、手の温もりに溢れる涙をふく。
農機具の手入れをしていて、ふと横に干してある洗濯物に目がいった。
汚れの落ちない自分の作業着とシャツ、その横に小さなシャツが並んでいる。
龍季が、何時でも納屋に入って来れるように、戸を半分開けておいた、その隙間から流れ込む風が、シャツの袖を擦り合わせたり、絡ませたりして、早くそうなりたい爺の心を見透かして弄ぶ。
戸口の隅から、半分だけ顔を覗かせる龍季、爺は見て見ぬふりをし、自分から入って来るのを待つ事にする。
納屋に入り込む春の風に孫の香りがした。