入賞作品の発表

第41回 「香・大賞」

佳作
『 いい匂い、と君が言った日 』
みずの
  • 41歳
  • 自営業
  • 北海道

 私の息子は、小さい頃から香りにとても敏感だった。
 カレーのルーを変えただけで「今日のカレー、匂いが違う」と指摘するし、花がたくさん飾られたレストランには「くさい」と言って一歩も入れなかった。私はどちらかというと鼻が利く方なので、最初は「似たところがあるんだな」と思うくらいで、特に気にしていなかった。
 けれど、子どもが成長するにつれて、少しずつ様子が変わってきた。人混みに近づくと「くさい」と言って鼻をつまみ、掃除機の音を怖がり、暗い場所では動けなくなった。香りだけでなく、音や光、さまざまな刺激に過敏に反応するようになったのだ。病院で診断されたのは、自閉スペクトラム症。感覚のひとつひとつを、私たちよりもずっと強く、鮮やかに受け取ってしまう特性があるのだと知った。
 私から生まれたのに、まったく別の世界を生きている。その事実を、少し寂しく思ったこともある。
 私は田舎に育ち、幼いころから花や動物が好きで、自然に囲まれて育った。息子にもそんな世界に親しんでほしかった。でも彼は、自然よりも機械に心を奪われる子だった。動物園に行っても「くさい」と言うだけ。代わりに、電車の車両番号をすらすらと覚え、乗り物図鑑のページを何度も繰り返し眺めていた。
 私の好きなものを一緒に楽しんでくれたら。そう思う気持ちは、心のどこかにずっとあった。
 そんなある日、菜の花畑を背景に走る電車の写真を撮りに行った。菜の花が一面に咲き、空まで黄色に染まるような景色の中、息子は花に顔を近づけた。そして、小さく「いい匂いがする」とつぶやいた。はじめて花のにおいを「いい匂い」と感じたのだ。
 違う世界を生きているように見えても、私たちはやっぱり親子なんだ。息子なりのペースで、息子なりの感じ方で、世界を受け止めている。そしてその世界の中には、私が大切にしてきたことも、ちゃんと存在しているのだ。
 私は菜の花よりも鮮やかな気持ちでいっぱいだった。