「これ、プレゼント。旅が始まってから開けてね。きっと、役に立つと思う」
そう言いながら手渡された小さな包みは、封をしたままバックパックの内ポケットに入れていた。空港に到着後、チェックインまで時間があったので、ベンチに座って包みを開けた。中には、アルミ製の名刺入れが入っていた。「名刺なんて持っていないのに」と訝しみながら名刺入れを開けると、中には私の名前とメールアドレスが印刷された、かわいらしい名刺がぎっしりと詰まっていた。同時に、彼がいつも使っている香水の香りが立ち上ってきた。
もう随分と前のこと、私は2カ月の間、ヨーロッパとアフリカを巡る旅に出ることにした。当時、一緒に暮らしていた彼は、心配しながらも快く送り出してくれた。件のプレゼントは、出発の前日に彼が渡してくれたものだった。彼がデザインした名刺をパラパラと眺めていたら、合間に小さな手紙が数枚、挟み込んであるのを見つけた。
「ひとまず10枚目を配り終えたようだね。旅先で素敵な出会いがありますように」「20枚目達成、おめでとう。手紙が入ってるのがわかったからって、先に全部読んだらダメだよ」彼の手紙には香水をほんの少し染み込ませてあり、名刺入れを開けるたびに彼の存在を近くに感じた。まるで、一緒に旅をしているかのように、なんて素敵なプレゼントなんだろう、ととてもうれしくなった。
香りは記憶を呼び覚ます。その後、彼とは別れ、随分と時間が経った。先日、買い物中に、店内ですれ違った人から彼と同じ香水の匂いがした。思わず振り返ったけれど、彼ではなかった。彼がなんの香水を使っていたかも覚えていないのに、香りそのものはしっかりと体が覚えていたことに驚いた。
昨年、実家で古い荷物の整理をしていたとき、段ボール箱の中から、あの名刺が出てきた。手紙からはもう、香水の匂いはしなかった。