入賞作品の発表

第32回 「香・大賞」

銅賞
『 二つのストーブ 』
芒(すすき)
  • 53歳
  • 主婦
  • 熊本県

 我が家には円筒形のストーブが2台あった。1台は白い色で1階のリビングに、もう1台は一回り小さい黒で2階のこども部屋に置いていた。
 風が冷たくなる初冬、季節の初めに火を入れるとすこしきつめの灯油のにおいがした。1階と2階の両方に灯油のにおいが漂うと本格的な冬が来た。ストーブの上にはやかんがしゅんしゅん沸き、こどもたちがまわりに集ってくる。みんなを暖める火がやわらかくあたりを照らした。リビングのストーブでは煮炊きもしていた。時々鍋が噴いて騒ぎになった。鍋からこぼれた汁が焦げ付き、しばらく香ばしいにおいがしたものだ。2台のストーブは冬のあいだ家の中を暖めた。
 春が来て、暖かくなってきた4月、我が家は震度7に2回見まわれた。家は折り紙を折ったように1階と2階の境で壁が折れ曲がり、1階がつぶれて倒壊した。リビングにあったはずの白いストーブは、斜めにひしゃげ、庭に転がっていた。数ヵ月後、25年我が家を暖めてくれた白いストーブは、解体された家と運命をともにした。
 黒いストーブは、少し壊れたが仮住まいに持ち出すことができた。残っていた灯油を燃やしきってしまおうと火をつけると、前と同じやわらかな光で燃え始めた。今はもう帰れない家の中で灯していた光。マッチ売りの少女はこんな風にマッチの火に夢を見たのだろうか。家のたたずまいが走馬灯のように浮かび、灯油のにおいが目にしみた。火はだんだん弱くなり、灯油が燃えつきると消えた。灯油のにおいはしばらくあたりにとどまっていた。
 今年もまた冬が来た。季節初めの灯油のにおいが漂う。我が家のストーブは1台になり、暖めてきた家はもうない。今は仮住まいだけれど、本当の居場所を暖めてくれる日が来る。その日を待ちわびている。