入賞作品の発表

第23回 「香・大賞」

金賞
『 金婚 』
奥田 登
  • 80歳
  • 無職
  • 京都府

 世間では、金婚には子や孫が集まって祝いの場があるらしいが、当家ではそんな風習はありません。
 結婚してこの方、妻を「おい」とか「お前」とか呼んでいましたが、 この頃これが何となく言いにくくなって「あんた」に変えましたが、どうも照れくさいので「あんさん」にしました。
「あんさん、われわれ金婚らしいが、記念に、どこぞ温泉にでも行きなはるか?」
はたして、かみさんが何と言うか?
「もったいない。そんな金があったら孫に小遣いでも、やってほしい」
 おおかたそんなことだろうとは予想していました。それなら、せめておいしいものでもと、フランス料理? イタリア料理? メキシコ? 中華? いろいろ提案しましたが、これも、もったいないということで、 結局おいしいラーメンならということになって。
 バスに乗って電車に乗り換えて街に行き、ラーメン横丁に入った途端「うわーっ」このたまらないスープの匂い。この横丁は味が自慢で、どの店も並ばないと入れません。
 一番長い列に。
「らっしゃい。何にしましょ」
威勢のいい兄ちゃんが並んでいる客に先に注文を取りに来る。
「しょうゆ並二つに、ビール」
 10分ほどで中に入れてもらって、飲みました。食べました、納得がいきました、店を出ました。ものの20分です。今日は、めでたい金婚祝いの日。奮発して地下街の喫茶店に入り「あんみつ二つ」
 このようにして、外食するのは何年ぶりだろうか。確か、子どもたちが小さい頃に1、2度だったのではなかったか。と、あんみつを食べているかみさんが急に下を向いたまま動かなくなってしまったので、
「あんさん、どうしなはった? どこぞ気分でも悪いのか?」
「……」
 急にものを言わなくなってしまったので心配です。
「どうしたんや?」
しばらくして、蚊の鳴くような声で、
「わたし、しあわせです」