入賞作品の発表

第27回 「香・大賞」

銀賞
『 はるさん 』
札幌おばぁちゃん
  • 58歳
  • 主婦
  • 北海道

 タンスの引出しには樟脳を一袋ずつ投入。部屋に入ると虫になった気分で憂鬱だった。
 喧嘩が好きで“テンション上がって楽しかったぁ”って帰ってくる。そういえば老人クラブもタンカ切ってやめたっけ。一日中デパート歩きは平気でも、掃除機をかけると途中で“心臓が苦しい”って寝込んじゃう。杉様が大好きで“テレビでデートしてたの”って。家事が嫌いで嫁任せ。“3食出てきて旅館みたい”って。強烈な個性の義母との同居。
 そりゃ若いときはお風呂でそっと泣きましたよ。可愛かったねぇ私も。
 どうやってもかないません。
 3食は作りましょう。掃除もしましょう。
 でもあっちこっちで悪口言っちゃうよ。
 オイオイって時は逃げちゃうよ。おかげで危ないものからの逃げ足は速くなったねぇ。
 憎まれ口もたたいたね。 “お父さん迎えに来ないね”ってばあちゃん “そりゃあ、あの世でのんびりしたいんでしょう、暫(しばら)く来ないよ”って私。ありゃ20年も経っちゃった、もう忘れてるかもって。強くなったねぇ私も。
 老人ホームに入って7年、大好きな一人息子は最後まで忘れなかったね。“横にいるのは嫁さんかい?” “はい嫁です。よろしくお願いします”って毎週あいさつしたね。
 不思議なもので、30年も一緒にいると好きとか嫌いとかとっ越しちゃうんだね。
 ばあちゃんが呆気ないほどコトンってあっちに行っちゃって“どうしたらいいんだよ、休みの日にどこに行けばいいんだよ”ってうろたえた。あれから3年、休みに行く所もできちゃった。それでやっとばあちゃんの着物の整理に手を付けた。久しぶりの樟脳の香り。不意に、いたずらっぽい得意げな笑顔のばあちゃんが現れた。
 あれっ恋しい うそだろ いや恋しい
 はるさん、ずっと一緒に生きてきたんだね。納骨堂も一緒に入れる大きいのに替えたよ。はるさん、もう暫く待っててね。