保育園帰りの息子を抱っこすると、ほんのり甘い華やかな匂いがした。身に覚えのない匂いに心がざわつく。……柔軟剤? 少し考えて、先生の服から匂いが移ったのだと思った。
それは慣らし保育が始まったばかりの頃の出来事だった。生後9ヶ月で保育園に入園することになった息子。小さいうちから預けることに不安や葛藤がなかったわけではない。親子ともに不慣れな生活の中、息子が纏ういつもと異なる匂い。幼い彼を社会の荒波に放り込んでしまったような感覚になり、戸惑いや後ろめたさを感じた。
しかし翌日、またさらに翌日と過ごす中で、匂いから受け取るイメージが変わった。匂いが移るくらい、先生とたくさんふれあっている姿が浮かんできたのだ。また、我が家では柔軟剤を使う習慣がない。久々に身近に感じたその匂いは、日常範囲外のものから実家のような安心感を与えてくれるものへと変化し、張り詰めていた気持ちをほぐしてくれた。息子をぎゅっと抱きしめて、あたたかい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
新しい生活にも慣れたある日、いつものようにお迎えに行き息子を抱き上げると、またしても異質な匂いが鼻をかすめた。なんだか生臭いような。
もしや、と思い給食だよりを確認すると、やはりその日のメインは魚だった。よくよく息子を嗅いでみると、口元だけでなく手のひらや髪の毛からも魚の残り香が感じられ、一生懸命食べる姿が想像できて思わず笑ってしまった。先生からの伝達などで保育園での様子は知らせてもらっているが、まだお喋りができない息子が直接日々の暮らしを教えてくれたような気がして、嬉しくなったのだった。
息子は2歳になり、お話も少しずつ上手になってきた。毎日の出来事を言葉にして伝えてくれる日も近いだろう。でも、匂いを手がかりにしていたあの愛しい日々のことを、忘れたくないなあと思う。