入賞作品の発表

第41回 「香・大賞」

佳作
『 おひさま猫 』
森水 陽一郎(もりみず よういちろう)

 出会いから別れまで、たった3ヶ月だった。両手で抱き上げると、いつも香ばしいおひさまの匂いがして、彼は満足げに目を細めて喉を鳴らした。
 5年前の冬、前ぶれなく森の家にやってきた茶トラのオス猫。保健所や警察に問い合わせても、迷子の届け出はなく、首輪もついていない。ずいぶん人慣れしており、隙をみては家に入りたがる。
 ペット不可の借家のため、しばし足のおしくらまんじゅう。心を鬼にして、ひとまず防寒の外小屋をこしらえ、水と餌だけを用意して見守りを続けたが、一向に立ち去る気配がない。
 森の小道を散歩すれば、しっぽをぴんと立てて、つかず離れず。天気がよければ、車の屋根に上がって、我こそ森の覇者とばかりに、ごろりと昼寝をしている。
 半野生の、対等な関係がしばらく続いた2月、餌にほとんど口をつけない日々が始まった。もらい餌のお腹の張りはなく、爪の先にも鳥の羽根ははさまっていない。
 動物病院を訪れると、腎臓の数値が悪く、栄養の点滴で2日入院、毛並みが荒れるばかりで、死期が遠くないことを聞かされ、森の家に連れ帰ることにした。
 お湯でふやかした流動食を、シリンジで口に流しても受けつけず、ほどなくおひさまの匂いが消えて、鼻につんとくるアンモニア臭をまとい、水さえ飲めない日々が続いた。
 猫は我慢強い生き物だ。痛みの訴えなく、ある朝、眠るように静かに旅立ち、毛布にくるんで、家の裏の高台に埋葬した。目印は作らず、森の一部となったその場所に、毎年命日になると、花がつおと水をそなえる。
 今年の夏、ふと思いつき、彼と散歩をした杉木立の落ち葉を拾い集め、すり鉢で粉にした。椎茸と香木をまぜたような、ふくよかな土の香りが立ち、水で練って思い出のシリンジにつめ、一本一本、自家製の線香を作っていく。
 まだらの茶は、彼の毛並みを思い出させ、乾燥を終えたためし焚き、うっすらと立ちのぼる香ばしい煙の向こうに、懐かしい風景がおぼろに浮かんでは消えた。
 弔いをかねた、彼への香食。
 ぴんとしっぽを立てて、ひと足先を歩くその旅路が、いつでも満腹でありますよう。