入賞作品の発表

第35回 「香・大賞」

銀賞
『 いっぴき、にひき 』
小谷 桂子(こたに けいこ)
  • 74歳
  • 主婦
  • 東京都

 1946年11月3日は、日本国憲法が公布された日です。
 この憲法に母が初めて出合ったのは36歳の時で、目の前いっぱいに青空が広がったような心地だったと言います。戦前の強い父権、男女不平等の許に生きて、何かと疑問を感じていた母には、言論の自由、平等、といった言葉は、さぞ新鮮だったのでしょう。この新憲法の理念どおりに、自分の娘ふたりを育てたいと決心したようでした。
 周囲の人々は、わが家に男の子がいないことを残念がってくれましたが「男も女もない、したいことをして伸びていきなさい。そのための協力は惜しみませんよ」というのが、両親の、特に母の口癖でした。
 そんなわが家で大切にされたのは、自由な話し合いでした。何かをしたいと思ったとき、親としての判断を示す前に、まず我々姉妹にたずねてくれました。「なぜ、それをしたいのか」と。子どもながらに、知っている言葉と本で得た知識を駆使して存分に語り終えて「そういうことなら、やってごらんなさい」といわれたときの充実感と達成感! 同時に、責任の重さと怖さも感じたものでした。
 洋服ひとつとっても、我々姉妹には平等に同時に作ってくれ、母の信念は衰えることなくふたりの孫にまで行き届いて……。いえ、孫に対しては奇想天外な展開もありました。
 ある時、外出から帰ると、台所から念仏めいた声が聞こえます。そっと近寄ってみたら、母と幼稚園に通っていた孫たちが数えていたのです「いっぴき、にひき」と。
 どうやら母は、ふたりの孫に、ちりめんじゃこを平等に同数に分配しようと腐心していたようで、2枚の小皿に盛られた小魚はまだまだ増えそうな気配。朗々と響く母の声に孫たちの気合の入った声が和して、勘定はしばらく続きました。50ぴき、60ぴき……。
 何十年か経った今でも、ちりめんじゃこの匂いと共に、ふと思い出されるひとコマです。