入賞作品の発表

第30回 「香・大賞」

銅賞
『 わが家の華 』
米田 佳代(よねだ かよ)
  • 42歳
  • 自由業
  • 奈良県

 「これ、洗濯しといて」ふいに差し出されたスポーツタオルを受け取りながら「なに?」と尋ねる。「濡れたから借りた。Kに」最低限の情報だけを与え玄関を出て行く息子を見送り、洗濯機に向かう。受け取ったばかりのスポーツタオルを入れようとして、ふと手を止めた。「いい匂い」思わず声が出た。Kくんに借りたというスポーツタオルからは、ふわりと甘い香りがした。
 きっと柔軟剤よね。透明の丸い扉の向こうでクルクル回る洗濯物を見ながら思う。それまで、我が家では洗濯の際に柔軟剤を使うという習慣がなかった。けれど、いいかもしれない、柔軟剤。ここ数年会っていない息子の幼馴染Kくんの顔は想像もつかないが、こういう香りのする男子って素敵だ!
 手始めに、近所のスーパーでテスターを嗅ぎ、コレかな? と思う香りの柔軟剤を使ってみた。が、イメージとは違う。目指すはKくんのタオルの香りなのだが、試した柔軟剤には、あの華やかさがない。
 以来、さまざまな柔軟剤を使ってみた。ネットで「柔軟剤 おすすめ」を検索し、はては1本1,000円近くする高級柔軟剤にまで手を出した。が、使えば使うほど、Kくんの香りからは遠くなるような気がする。思い余って「ねえ、Kくんちの柔軟剤、聞いといてよ」と息子に頼むと「何でそんな気持ち悪い事しなきゃいけないんだよ」と断られた。
 不思議なものだと思う。キャップに取った柔軟剤の香りが、そのまま洗濯後の服に残る訳ではないのだ。たぶん、衣類そのものの匂いや体臭、洗濯物を干す時の環境などが合わさって残り香になるのだろう。
 もしかしたら、問題は我が家にあるのかもしれない。思春期の憤懣(ふんまん)が居座るリビングや粗飯しか上らないダイニングでは、香りが育たないのだろうか?
 ある日、夫がうれしそうな顔をして帰宅した。「会社の女の子に、シャツ、いい香りがしますねって言われたよ。柔軟剤、何使ってるんですか? って聞かれた」
 華は、意外なところで咲いていた。