入賞作品の発表

第39回 「香・大賞」

銅賞
『 ごぼ天うどん 』
福島 千佳(ふくしま ちか)
  • 55歳
  • 塾講師
  • 奈良県

 母が5月に急逝した。79歳だった。初めての喪主をした。九州の実家から離れて暮らすわたしは、新幹線に飛び乗り、通夜、葬儀を終え、気が付いたら母の遺骨を抱えていた。気持ちの整理どころか、実感もないまま途方に暮れていた。
 妹から「何か食べよ」と言われ、しばらく食事らしい食事をとっていなかったことに気づいた。
 「ごぼ天うどんが食べたい」そう言うと一気にお腹が空いてきた。実家の近く、よく家族で行ったうどん屋さんに入る。わたしたちは喪服のままだった。
 湯気を立てたごぼ天うどんが目の前に来た。だしの香りと揚げたゴボウの香りが胸にどかどかと押し寄せる。少しむせた。一気に食べた。ずるずる啜った。だし汁を少し残し、一息ついた時、気が付いた。
 20年前に父が亡くなったときも、わたしたちはこのうどん屋さんでごぼ天うどんを食べたのだ。
 「美味しいねえ」鼻をすする。口の中にごぼ天の香りを漂わせたまま、妹を見る。妹は泣いていた。
「こんなに悲しいのに、美味しいね」
「こんなに悲しいけど、全部食べたね」
「おとうさんも、おかあさんも、しっかり食べて生きろって言っとるんやね」
「ほんと、美味しか」
「うん、美味しか」
 わたしたちは2人で、しつこいくらいに「美味しい」と言い合った。他の言葉を口にしたら、崩れそうなくらい弱っていたし、疲れていたのだと思う。
 うどん屋さんを出ると、すっかり辺りは暗くなっていた。星が輝いている。
 妹と2人、空に向かって大きく息を吐く。「ごぼ天の匂いがするね」目を合わせ、少し笑った。この香りが両親に届きますようにと、小さく祈った。