父が他界して、早いものでもう20年になる。寡黙で厳格な人だった。そして何より洒落者であった。クリーニングを欠かさないスーツにワイシャツ、様々な柄のネクタイに靴は日替わり、眼鏡もいくつか使い分けていた。
昭和初期の生まれだったが、身長は180近くあり、細身で彫の深い顔立ち。息子の私が言うのも何だが、今で言うなら「映える」男だった。大正モダンから抜け出してきたような風貌。そして当時としては珍しかったと思うが、香水を使っていた。厳格なイメージと異なる、柔らかく優しい香りだったのを憶えている。母はそんな父にベタ惚れで、幼い頃から散々に惚気話を聞かされたものだ。
そんな父が激変した。母が癌を患い、亡くなった時だ。仕事こそ休まなかったが、見た目を気にしなくなり、髪はボサボサ、スーツもワイシャツもヨレヨレ。伊達男はどこへやら、覇気も失って、見ているのが辛かった。このままではいけないと思い、ある日渋る父を連れ立って、百貨店に出向いた。気分転換に新しい香水でも買ってあげようと思ったのだ。ところが化粧品売り場に着いても、父は溜息ばかりついていた。早く選べと急かすと、父はしょんぼりと寂しそうに言った。
「したっけおめぇ、格好つける相手がいねぇもんよ」
父が訥々と語った。父のお洒落は、母のためのものだったこと。母に一目惚れで、何とか気を引きたくて、懸命にお洒落をしたこと。いつもつけている香水は、結婚が決まった時に、母が選んでくれたものであること。どれも母から聞いていた話とは、逆の話であった。その日、初めて父の香水の正体を知った。
迎えた母の四十九日の法要。シトラスの香りをほんのりと漂わせ、父は親戚一同の前に、その伊達っぷりを蘇らせ、颯爽と姿を現した。私の知る父が、久しぶりにそこにいた。その手には、向かい合って幸せそうに笑う、父と母の写真が握られていた。