入賞作品の発表

第38回 「香・大賞」

松栄堂賞
『 掃除の匂い 』
あさ
  • 26歳
  • 非正規雇用(木工所)
  • 愛知県

 ハウスクリーニングの会社で、日雇いで働き始めて1年が経つ。コロナ下で他人の家に伺い、掃除をする。そこでは、様々な人と出会った。ほどほどでいいからねと言ってくれるおばあさん、テレビを見て待つ人、大きな家で仕事をしている女性、団地の仲の良さそうな家族、熱がある人、何も言わない男性、家に入るとき全身に除菌消臭スプレーをかけてくる人、子供や犬たち。幸いなことにテレビで見るようなゴミ屋敷には出会わなかった。
 ハウスクリーニングでは、主に業務用のアルカリ洗剤を使う。それでつけ置きすると、カビも油汚れもシンクの塗装と一緒にほとんど溶けてしまう。それをタオルで拭いていくのだ。換気扇の中は酸化した油の匂い、排水溝は腐った匂い。それでも、一番強い匂いは、業務用のアルカリ洗剤だった。市販の台所洗剤を濃縮するようなツンツンした匂いだ。毒をもって毒を制す。そんな言葉が似合ってしまう。専用の霧吹きのボトルから、霧となった洗剤がマスクをすり抜けて鼻に入る。それを防ぐため、いつも息を止め、顔を背け、洗剤をかけるのだった。現場からの帰り道、助手席で窓を開ける。ツンツンする鼻で外の空気を吸う。普通の空気が気持ちがいい。その横で上司はいつも運転しながらタバコを吸っていた。
 私は今、転職活動をしている。面接官は「どうして、清掃の仕事を?」と不思議そうに聞く。小学生の頃から、掃除の時間をわりと真面目にやっていた私は、お金を得るために清掃をすることに違和感はなかった。けれど面接官は、汚れの匂いが染み付いてるかのように怪訝そうな顔をしていた。
 テレビで北欧の男女平等を特集していた。幸せそうな夫婦が私たちの国では、男女平等のために、ハウスクリーニングに補助金が出ますと、誇らしげに答えていた。北欧の洗剤はどういう匂いなんだろう。息がしやすいといいなと思った。