入賞作品の発表

第38回 「香・大賞」

奨励賞
『 遠い夏のシルエット 』
れい
  • 19歳
  • 大学生
  • 千葉県

 ぼんやりとした提灯の明かりが照らす夜。仲の良い4人組で夏祭りに行くはずだった私は、約束の数日前に風邪をひいてしまった。当日も治りかけの状態だったため、やむを得ず、電話で参加を辞退した。何時間も自室で安静にしていると、開け放たれた窓から祭囃子や賑やかな笑い声が聞こえてくる。友人達が羨ましくなり、どうしても浴衣が着たくなった。雰囲気だけでも楽しみたいと母に着付けをお願いすると、半幅帯を結んで、艶やかな芍薬の描かれた浴衣姿になった。これは以前「新しい浴衣を買って欲しい」と母にねだって断られた私のために、祖母が箪笥の奥にしまい込んであるのを引っ張り出して勧めてくれたもの。母が私と同じくらいの年齢に着ていた浴衣らしく、私は「古臭い」と文句を言った。それを聞いた祖母が芍薬は薔薇に近い香りを放つということを知っていて、薔薇の香りがする紙を夏祭りの当日まで浴衣にずっと挟んでいてくれたのだった。そのため、動くたびに浴衣から芍薬が風に舞うような、上品な香りが漂う。私がその香りに癒されていると、思いがけない訪問者が来た。牡丹と百合と藤の浴衣を着た友人達だ。夏祭りを少し楽しんだ後に解散して一度家に戻り、親に事情を話して私の自宅まで下駄で駆けてきたと言う彼女らの、汗ばむ髪にさした簪がひどく傾いていた。額に乗せていた冷たいタオルを私が取ると、涼しげな水ヨーヨーを代わりに額に押し付け
「今から夏祭りをしよう」
と彼女達は微笑んだ。祭り会場から持って来た人工的な甘い香りのする瓶ジュース。各自家から持参した保存容器にはフルーツ飴やたこ焼きが入っている。まだ湯気が立つ焼きそばを割り箸で食べると、まるで屋台のようだと嬉しくなり、私達は盛んに笑った。芍薬と牡丹と百合と藤が咲く部屋の中で私達だけの夏祭りの香りがした。この祖母や彼女らの親切を調合した香りを想えば、いつでも遠い夏のシルエットが美しく浮かび上がるのだった。