入賞作品の発表

第38回 「香・大賞」

奨励賞
『 努力と青春と金属臭 』
橋長(はしなが) れいあ
  • 19歳
  • 大学生
  • 北海道

 小学5年生の時、キラキラと輝く楽器達の姿に魅了され、吹奏楽部に入った。そこで、私が担当したのはフルート。小5の私には、持つのさえも精一杯で、小鳥のさえずりの様な先輩の音色には、到底及ばなかった。初めての練習が終わり、自分の両手の匂いに強い衝撃を受けたのを覚えている。両手から感じたのは、芳烈な金属臭。思わず友達と顔を見合わせ
「臭い!」
と一言。けれどどこか、嬉しさも感じていた気がする。憧れが現実になったことへの高揚感からか、新たなスタートへ期待の思いを馳せていたからか、そんな刺激臭さえも、私の浮き立つ気持ちの一端となった。
 中学2年生、憧れの先輩が引退する日。その日先輩から貰った手紙は、今でもたまに読み返している。「フルートパートに入ってくれてありがとう」。その一文を見ると先輩の声、音色、そして先輩との練習の日々が鮮明に蘇ってくる。ふと疑問に思ったことがある。先輩の両手も、フルートの金属臭が染みついていたのだろうか。けれど、自分の中で自然と答えは出た。きっと私以上に強く染みついていたのだろう。だって、私が音楽室に行くとそこには必ず、先に練習している先輩の姿があったのだから。
 高校3年生、夏のコンクール。私は心のどこかで、今年が吹奏楽人生最後の夏になるだろう、と覚悟をしていた。校庭からは、野球部の威勢の良い掛け声と、蝉時雨。音楽室は汗の香りと熱気、そして楽器達の粋な声でごった返していた。迎えた本番。ひんやりとした会場には、緊張感が走っていた。私のフルートソロから始まり、曲が進んでいく。テンポが速くなり聞こえてくるのは、機関銃のような怒涛の連符。もうすぐで約7分間の演奏が終わる。最後の一音に、今までの思い全部を乗せ吹き切った。結果は見事「金賞」。嬉しくて、出てきた涙を手で押さえようとした時、私の両手は、滲んだ汗と深く根を張った金属臭とが入り混じっていた。そんな両手が甚だ愛おしかった。
 今はもう、私の両手から金属臭は感じない。けれど、たまに思い出すのだ。小さな部屋で1人フルートを吹いてみる。ほんのり香る金属臭に、胸がときめいた。