入賞作品の発表

第38回 「香・大賞」

佳作
『 茗荷の点数 』
髙𣘺 智恵子(たかはし ちえこ)
  • 52歳
  • 派遣社員
  • 東京都

 我が家の小さな庭では、毎年秋になると、わずかな量ですが、秋茗荷が採れます。
 私の打つ新蕎麦に添えて、摘んだばかりの茗荷を食卓に出すと、生前の父は決まって
「おや、もうそんな季節かね」
と、たいそう顔をほころばせたものでした。
 ある年の秋、刻んで小皿にのせた茗荷を嗅いだ父は、ふとこんなことを呟きました。
「茗荷ってのは、ヤブ蚊の多いとこによく生えるんだよね。戦争中、僕は毎日野っ原や林に行って、食べられる草を探したんだよ」
 私は密かに驚きました。昭和1桁生まれの父が、子供の頃に経験した戦争の記憶を私に語ることなど、その時までほとんど無かったからです。更に父は懐しそうに目を細めて、
「毎朝、お袋が『今日は何が見つかるかなあ? かっちゃん、競争しましょう』って僕を誘うわけよ。で、これを見つけたら何点、あれを見つければ何点って点取ゲームだったの。こっちはもう単純だからさ、点が欲しくて、躍起になって探したの。はたから見れば、母子が野原で必死に食料を探してるだけの、とても切ない眺めだったはずなんだ。でも、あの頃の僕はそんな事ちっとも思わずに毎日夢中でゲームを楽しんでいたんだよ。お袋って人は、子供に面白おかしく手伝いをさせちまうのが、べらぼうに上手かったんだよねえ」
 たしか、茗荷は何点だったかなあ……そう言ってほほ笑む父の手の小皿にあるのは、つい先程、庭で摘んだそれではなく、60年以上も前の少年の父が、ヤブ蚊に刺されながらやっと見つけた「点数つき」の茗荷そのものであるかのようでした。
 父は数年前に、85歳で他界しました。
 そして私は今も、秋の庭の茗荷を掘りおこすたび、その香りに包まれるたびに、得意気に茗荷を見せあう祖母と父の、2人の点取ゲームに自分も参加しているような、時を超える優しい魔法をかけられているような、まことに不思議な心持ちがするのです。