入賞作品の発表

第38回 「香・大賞」

環境大臣賞
『 通学路 』
Ko
  • 沖縄県

 小中学校の通学路を思い返すと、代わる代わるあらゆる果実が現れる。渋柿をかじり悶えたり、食べ頃のクワの実をこっそり教えてもらったり。リンゴ泥棒が問題になったこともある。クルミの木を見上げ、これほど大きいものがこの世界にはあるのかとおののいた。ノブドウの名前は知らなかったが、様々に色づく実を手のひらに転がすと、胸がときめいた。中でもお気に入りはカリン。「かりん」と書く方がおさまりがいい。黄色くなめらかな実にそっと鼻先を近づけ、目をつぶる。どこか懐かしいような甘い香りに包まれる。通学路はたいてい友達と連れ立ったが、こういう時はいつもひとりだった。香りを失くしてしまいそうで、もぎ取ることができず、明日また来るからと帰路につく。それなのに、家に帰ると、玄関に芳香剤代わりに積まれていたりする。こんな調子で、実の熟す秋はとくに、道草ばかり食っていた気がする。
 それから数十年後の2011年3月、東日本大震災による原発事故が発生。故郷は被災し、現在でも放射線量測定器が点在する。私は他の土地に暮らしているが、この間、久しぶりに通学路を歩いた。葉の落ちた枝の間に黄色のかたまりが見える――かりんだ。木枯らしの中、この取り残されたように実がつくのも好きだったな。その場に佇んだまま、昔のように雑草に分け入り、その実に手を伸ばすことをためらってしまう。ぼんやりとした不安が、かりんと私との間に、薄手のカーテンのように下りている。近づくことも離れることもできずに、ため息をつく。次に吸い込んだ息に、かすかにあの香りが混じる。何事もなかったかのように、カーテンの編目をすり抜け、こちら側までやって来る。ただいま――この香りが迎えてくれるうちは、いつまでもそう言い続けるのだろう。