入賞作品の発表

第38回 「香・大賞」

銀賞
『 母が贈ってくれた句 』
菅沼 博子(すがぬま ひろこ)
  • 81歳
  • 愛知県

 すみれ濃く 髪匂う子の 誕生日

 中学2年生の3月、私の誕生日に、母が私に贈ってくれた句だ。
 その前夜、私は母と激しく言い争った。憂鬱な気分が抜けないまま学校から帰宅すると机の上に新しいアルバムが置かれていた。見開きに毛筆で書かれたこの句があった。私を激しく叱責した昨夜のことを詫びる母の心を感じたが、わだかまりは解けない。素直に「ありがとう」とお礼を言うべきだと解っていながら母の心を無視して通した。それは、今も小さな心の傷として残っている。

 戦争中、3歳で父を亡くした私は、10年間を伯母に預けられ、再び母と暮らし始めたのは中学生になってからだ。幼いころを共に過ごしていない母にどうしても馴染むことができなかった。味覚が違い、言葉のニュアンスが微妙に違い、暮らしの何もかもに私は違和感を持った。多分それは母にとっても同じだっただろうが、母の言葉のすべてが私を刺しいつも緊張していた。アルバムを贈られた前日、母と何を言い争ったのか、今は全く記憶にないが、私が相当に反抗したのは確かだ。

 結婚し、3人の娘たちを育てながら、突然あの句の「髪匂う子」と詠んだ母の心が解ったような気がした。
 思春期の娘たちが放つ、生きる力に満ちた「匂う髪」は、私を時に辟易とさせた。私に抗いながら進もうとする娘たちの勢いは、私を疲れさせた。あの日母もまた
「そんなに私を責めないでほしい。私の心も精一杯なの」
と言ったのではないだろうか。
 親不孝を重ねた私だが、娘たちの「髪の匂い」は「芳しい幸せの香りだった」と懐かしい。詫びと感謝の心で偲んでいる私を、亡き母は見てくれているだろうか。