入賞作品の発表

第37回 「香・大賞」

金賞
『 パチパチ香る 』
寺井 暁子(てらい あきこ)
  • 文筆家
  • 東京都

 焚き火の香りがするロウソクをもらったことがある。3年前のことだ。外国に暮らす友人が一時帰国の際に届けに来てくれた。
「近所のお店で見つけたの。顔が浮かんじゃって」
と、彼女は笑った。
 好きなものの欄に「焚き火」と書き続けて久しい。きっかけは小4の林間学校だ。大騒ぎの夕食が終わった後、クラス全員で広場に輪を作った。先生が真ん中に積まれた薪に点火すると、途端に辺りがしんと静まった。聞こえるのはパチパチと不規則に弾ける音だけ。ふと横を見ると隣の子もその奥の子も体育座りのまま真剣に炎を見つめていた。好きな子を巡って牽制しあったり、グループや仲間外れができたり。そんな日々に漂う緊張感は影を潜め、誰もが踊るようなオレンジの炎に照らされている。鼻筋や背中の柔らかい輪郭にはっとして、思わず泣きそうになった。
 以来、世界のさまざまな場所で焚き火を囲んできた。留学先のアメリカで。会社の休みに訪ねたタイのジャングルで。言葉が通じなくても、黙って同じ揺らぎを見つめる時間は、何かを伝えきれないもどかしさを優しく溶かしてくれた。
 旅から帰るとシャツや下着はすぐに洗濯するけれど、上着はついそのまま着ることが多い。フリースに鼻を埋めると、残り香にともに火を囲んだ人たちの静かな眼差しが浮かぶ。これがまたいいのだ。
 先日、久しぶりにあのロウソクを灯してみた。移動の自粛が続く中、友人は帰国できないし、私にも次の旅の予定はない。パチパチ小気味良い音と、木が燃える香りに包まれていると、最初に焚き火を囲んだ時の気持ちが蘇ってきた。親となったいま、こどもたちの夏にひとつの火を共有する機会が戻るようにと祈っている。