入賞作品の発表

第37回 「香・大賞」

佳作
『 揚げかまぼこと笹かまぼこ 』
小梁川 道子(こやながわ みちこ)
  • フリーアナウンサー
  • 宮城県

 母は今年90歳になる。名前は「あさの」という。宮城県で生まれ育ち、東京の女学校に進んだ。田舎とは何もかも異なる環境に戸惑(とまど)っていたが「ゆきさん」という親友ができた。鹿児島(かごしま)出身のゆきさんは活発な女の子で、よく母を助けてくれたそうだ。2人で将来の夢を語り合った東京での学生時代。
 クラスの殆(ほとん)どが教師志望の中で、母は1人タイピストを目指していた。東北人特有の訛(なま)りがある内気な母は、事務職を、それも技術を生かす仕事に就きたかったときく。
「あさのちゃん、皆(みんな)と違ってもいいじゃない。あさのちゃんらしくやればいい」
と、ゆきさんは励ましてくれた。
 卒業後、ゆきさんは故郷(ふるさと)鹿児島で小学校の先生になり、母は東京で警視庁のタイピスト職に就いた。ゆきさんが結婚し、母が仙台に移って家庭を持ってからは、互いに地元の品で季節の贈答をするようになった。
 鹿児島特産の揚げかまぼこと仙台名物の笹かまぼこ。
 揚げかまは箱を開ける前から芳醇(ほうじゅん)な、焼酎(しょうちゅう)のような強い香りを放つ。甘い魅惑(みわく)の香りがする。笹かまは淡(あわ)い潮(しお)の香りで、醤油をたらすと存在感が現(あらわ)れる。魚の旨味(うまみ)と海の匂(にお)いを感じる。
 家の中にこの2つの香りが広がると、季節の訪(おとず)れに気付く。
でも今回母は
「いつまで続けられるかしらね」
と、呟(つぶや)いた。
 母は思いきって、ゆきさんに電話でたずねてみた。
「私達ももう90だから、そろそろお終(しま)いにしましょうか?」と。
ゆきさんの答えは
「何言ってるの、あさのちゃん。まだ90なのだから、これからも沢山(たくさん)贈るわよ」
 揚げかまの甘い香りと、笹かまの淡い香りが混ざり合う季節を心待ちにする2人。
 2つの香りは母達の友情の印(しるし)なのだろう。