入賞作品の発表

第37回 「香・大賞」

佳作
『 神様の祭り寿司 』
片山(かたやま) ひとみ
  • 59歳
  • 主婦
  • 岡山県

 「ほれ見てみ。さわらの木が喜んどるよ」
義母が濡れ布巾で拭く、直径50センチの寿司桶。さわらの木目が潤い、色濃くなる。
「去年は、納屋で出動待ちじゃったからなぁ」
 山あいの村の秋祭りの日曜日。夫の実家には、弟家族、親戚、わが家が集い、座卓は岡山の郷土料理で埋め尽くされる。主役は、岡山祭り寿司。酢飯が見えないほど具材を混ぜ込み、上飾りを施した、豪華ちらし寿司だ。
「山の神、里の神、海の神を今年はお招きできる。嫁いで62年、毎年の喜びじゃった」
マスク越しの義母が、目をしばたたかせ、水を張ったボールへ、牛蒡(ごぼう)をささがきにする。
 高校1年の春、実母を亡くし、父と妹の父子家庭だった私は、結婚当初、具材の量と完成までの手間に驚いた。山の神から頂いた筍、干し椎茸、ワラビを刻み、色を残して煮る。里の神、人参、牛蒡、干瓢(かんぴょう)、高野豆腐は、甘辛く煮る。蓮根は甘酢に漬け、卵は錦糸卵に。海の神、鰆(さわら)は酢締め、エビは茹で、穴子はタレで焼く。新米は昆布を入れて硬めに炊く。
 コロナで祭りが中止に、実はホッとした。山ほどある下拵(したごしら)えの戦場から解放されると。
「幸せな香りやなぁ。生きとる幸せじゃな」
義母は、醤油や味醂(みりん)で味付けした干し椎茸を大皿に並べ、冷ましながらしみじみと言う。
「具材の祭り。神の祭り。私らの命の祭りよ」
義母は、次々に出来上がる具材の皿に向かって両手を合わせ、深々と頭を下げて拝んだ。
「ホンマの娘の様に手伝ってくれて大助かり」
真顔で告げる義母に、身の縮む思いがした。
 見回すと赤や黄、緑の食材が甘酢や甘辛煮の香りを漂わせ、一升炊きの炊飯器は湯気を上げる。きょうは神様の香りの祭りでもある。
「感染防止で神輿無し。お、美味そうな穴子」
神社から夫、義弟、子らが戻り台所で喜ぶ。
「ほれ、手伝われ。料理のできる男は粋じゃ」
 義母は大先生。今年はマスク会席。次こそ、神様の香りを鼻腔一杯に吸い込み談笑したい。