入賞作品の発表

第37回 「香・大賞」

銅賞
『 シャンプーの香り 』
二村 直子(ふたむら なおこ)
  • 53歳
  • 主婦
  • 三重県

 娘を抱き上げると、ほのかにシャンプーの香りがする。もうすぐ24歳。「よっこいしょ」と、つい声が出るほど重くなった。
 娘は進行性の筋肉の病気だ。自分で動くことも、体を支えることもできないので、すべてに介助が必要だ。
 乳児の頃からずっと、夫が娘を風呂に入れている。片手で頭を支えられるうちは、湯船の中で体も髪も洗っていた。念入りに髪を洗うので、のぼせないかと心配なほどだった。
「この子は、いろんな人に抱っこしてもらうやろ? だから、いつもいい匂いがする子でいてほしいんやわ」
その夫の言葉に、胸がいっぱいになった。
 娘は、成長とともに胃瘻(いろう)や痰吸引などの医療的なケアが増え、入浴も大変になった。それでも細心の注意を払い、工夫しながら、夫は風呂に入れてくれていた。ところが、娘が19歳で気管切開をしてからは、これまでのようにはいかなくなった。
 気管に水が入ると命取りだ。夫が娘を抱っこし、その間に私が洗うという方法で、シャワー浴に切り替えてみた。でも、夫の腕も、私の腰も、体勢がきつくて5分と持たない。
 そこで夫は、わが家の風呂にピッタリサイズの、木製の台を作った。その上に娘を寝かせれば、親も子も楽な姿勢でシャワー浴ができる。当然、夫は髪担当、私は体担当だ。2人で同時に洗うのだが、私が体を洗う3倍の時間をかけて、夫は丁寧に髪を洗う。慣れた手つきで泡立てながら、私に言った。
「これは、俺のこだわりなんやわ。この子にはずっと、いい香りでいてほしいんや」
 髪を洗ってもらう間、娘も本当に心地良さそうな表情をする。時々眠ってしまうほど。
 私たち親も歳をとり、風呂に入れる作業も、息が上がるほどの重労働になってきた。それでも体が続く限り、この時間を守りたい。
 おしゃれ盛りのお年頃、物言わない娘の笑顔は、シャンプーの香りで包まれている。