あぜ草を刈る。ギシギシにメヒシバ、ヨモギにエノコログサ。力強い緑が用水路を覆い隠し、道まで這いあがろうとしている。ざくっ、じょりっ。鎌の刃音が耳に心地いいリズムを刻む。
広い畑の中では、夫の刈り払い機がブインブインとうなっている。トラクターを使わない自然栽培の畑は、草たちの天下。虫たちの住処。草は回転刃のうねりの形に、みるみる倒れていく。虫や蛙たちは、あわてて土塊の陰に身をひそめる。
わたしはゆっくりと鎌を振る。さあ逃げておいき、蛙も虫も。まどろみも咀嚼もあとまわし。生きのびるのが先だから。軍手の先っぽが青い汁に染まる。そのとき、ふっとかすかな香りが鼻をかすめた。足もとの、若緑の細い茎からだ。ショウブに似た清々しさ、柑橘にも似たさわやかさ。陽ざしの暑さも、腰の痛みも吹き飛んだ。名も知らぬ草からのうれしい不意打ちだった。香りが遠い記憶を引き寄せた。昔はこの土手も、季節ごとの野花に溢れていたことを。花のざわめきと虫たちの飛翔。小川もころころと流れていた。だが、瞼に浮かんだ光景は、草間にのぞくU字溝の灰色にたちまち打ち消されてしまう。ショウブに似た香りだけが鼻先に留まって、わたしを慰める。
物語『ハイジ』に、足の悪いクララのためにおじいさんが高い峰へ香草を刈りに行く場面がある。香草を食べた白い山羊は、眼がらんらんと光り出し、濃い乳を出す。クララは、やがて歩けるようになる。
ちいさな草に宿るおおきな力。草はそれと知らずにいるけれど。
いつしか刈り払い機の音は止み、空でトンビが鳴いていた。日はすでに高い。汗を滴らせたわたしの額を、ひとすじの風がかすめる。ふっと息を吐き、深々と吸う。陽光に暖められた草の香が、畑の隅々まで、わたしの体の奥深くまで染み渡っていく。