入賞作品の発表

第22回 「香・大賞」

銀賞
『 「あっち」と「こっち」の匂い 』
木内 華子
  • 18歳
  • 学生
  • 奈良県

伸びをして、手荷物を持ち直してゲートを渡る。帰国の実感が喜びに変わっていく。そして、ゲートを抜けた先に広がる匂いが「こっち」に迎えてくれるのに顔がにやける。
 この匂いをわかってくれる人はそうそういないだろう。小学生で希望だけを持って父の赴任で私は日本を離れた。フランスの空港を出た時、私は「あっち」に来てしまったのだと幼心に思った。当時の私は日本と外国の違いを 「こっち」と「あっち」くらいでしか考えたことが無かった。あっちには日本とは違う香りがあった。甘ったるい香水のような香りがそこかしこに漂っていたのだ。 街の匂いは、国によって違うのかもしれない。もちろん私のよく知っていた匂いはなかった。
 希望だけ抱いていた外国生活は、言葉が通じない不便な辛い毎日。中学校、高校と大人になっていく過程で、心は常に日本を恋しがっていた。同時になんとか日本の香りを思い出そうとしたけれど、甘い香りが記憶にもやをかけてしまっていた。滞在期間が長くなる程もやは濃くなり、日本を思い出せなくなる自分が悲しくて仕方が無かった。
 それでもあと1年で帰国というところまできた頃、早く帰国したいと嘆いてばかりでは駄目だと思い直した。「あっち」と幼い頃決め付けていたフランスが、その頃になると体に匂いも染み付いて「こっち」になっていたのだ。甘い香りも長年住めば馴染み、どんなに辛い毎日でも私がそこに住んでいることを肯定していた。それからというもの私は行ったことのない場所、見たことのない景色、甘い香りをまとった街を愛して、毎日を大切にしようと決めた。大人になった時「あっち」の香りを心で懐かしむことができるように。
 そしてついに懐かしい「こっち」の匂いが私を包む。大人に近づいた自分が「こっち」と「あっち」の香りを知っていることに少し誇りを持ちながら、ゲートをくぐる。