入賞作品の発表

第41回 「香・大賞」

銀賞
『 金木犀の香水 』
中村(なかむら) ミカ
  • 58歳

 実家の金木犀の花が、今年の秋も香っている。甘やかな香りに、50年前の苦い香りが重なり、鼻の奥がずきんとなる。
 私は、当時小学4年生だった。「もっと枝を揺らして。花びらが欲しい」と、この木の下で母にせがんだ。放課後、友達のよっちゃんの家で金木犀の香水を作る約束をしたからだ。
 拾い集めて持って行った花びらに、よっちゃんは顔をほころばせた。2人で花びらを瓶に詰め、水を注いでみたものの、当然香りはしない。そこで徐に、よっちゃんが、小さなガラス瓶を持って私にみせた。本物の香水だ。
「お母さんが特別に使ってもいいって」
そう得意げに言いながら、花びらにシュッシュと3回吹き付ける。その瞬間、濃厚な香りが部屋中にたちこめた。
「くっさーい! くさいよー」
私とよっちゃんは、顔を見合わせる。それもそのはず、瓶に『NO.5』とあるそれは、マリリン・モンローが愛した、あの有名な香水だ。
 あの時、私たちは紛れもない子どもだった。
 笑い転げる私たちの背中に、気が付くとよっちゃんの母親が立っていた。「弟のこと見てあげてよ。すぐに鍵をかけるのよ。友達も早く帰ってもらってね」
 真っ赤な口紅を塗って、おしろいをつけた派手な女性がそこに立っていた。眼の前で、『NO.5』を首筋に3回吹き付け、出て行った。部屋の中には、いつまでも強く苦い香りだけが香り、私たちの金木犀は本当に散ってしまった。
 よっちゃんは、三面鏡の前に立った。散らかったままの口紅や化粧品の蓋を、手慣れた様子で片付けた後「これでおしまい」とつぶやいた。
「これで子どもの時間はおしまい」──私にはそう、聞こえた。
 彼女がヤングケアラーだったと知ったのは、随分後になってからのことだ。夕方から仕事に出ていく母親の代わりに、小さな弟の面倒を見て、家事大半を1人で担っていたという。さよならを言う間もなく越してしまい、行方はわからないままだ。

 目の前の金木犀の花の中に、ほころんだ彼女の笑顔が浮かぶ。どんな秋にもその香りは、私たちが子どもだった日に連れ戻す。よっちゃんもどこかであの日を思い出している、私は勝手にそう思い込んでいる。