1994年9月アーカイブ

「かおり風景」第9回掲載/平成6年

 窓の外は漆黒の闇。前方の窓側禁煙席「15のA」という理想的な座席を得て、博多から羽田まで1時間20分のフライトは快適な旅となるはずだった。実は今その席で、少々不快なことが起こっている。

 日曜の夜のジャンボは搭乗率が6割程度。機内には、空席が目立っている。 私は、意外と静かなエンジン音に身を任せ、司馬遼太郎の歴史小説にのめり込んでいた。ふと気がつくとC席に座る若い男性の膝元に、細いシルバーのアンテナが見えている。彼は両の掌で包み込むようにして小さな液晶のテレビ画面に見入っている。耳にはヘッドホンを付け、時々写りが悪くなるアンテナをごそごそしながら一生懸命の様子なのだ。

 数年前に続いた航空機事故の原因調査で、機内で使用された電子機器が引き起こす電波障害により最新の航空機の計器が正常に作動せず、重大な墜落事故などを引き起こしていたことがアメリカで明らかになっている。その後、航空機内での各種電子機器の使用は大変厳しく規制されるようになってきた。機械の種類によって、航空機の離着陸時にその使用を禁止する物と、搭乗中一切使用してはならない物とに分かれている。基本的には電波を受発信する携帯電話やラジオやテレビが後者の物で、前者に含まれる物はほんとに多様だ。その中には子供のゲーム機まで含まれるだけに少々やっかいなのだ。これらの規制は、最近ようやく日本国内のフライトでも警告されるようになり、また機内の安全のための各種インフォメーションでも広報されるようになってきた。

 私は、この隣り合わせた男性に注意を喚起するべきか、悶々と悩みだしている。この男性に声をかけたものだろうか。この種の危険性とは、どの程度のものなのだろうか。かくゆう私自身も、この機内でワープロと格闘中なのだ。心配しだしたらきりのないことかもしれないけれど、と思い悩んでいるときに乗務員が歩み寄って警告し、彼は、携帯テレビをポケットにしまい込んでくれた。私たちを取り巻く現代文明の力やその及ぼす影響には、残念ながらまだまだ計り知れない未知数の部分が多い。放射能やフロンガスの問題などはようやくはっきり認識もされつつあり、世界的なコンセンサスも確立されようとしているが、電磁波などは、その影響の大きさが指摘される一方で具体的な数値などではまだまだ把握されていないように見受けられる。これらの科学的な論点は、より綿密な研究の成果を待たなければならないけれど、最近もっと身近な問題で、ふと心配してしまうことがある。

 私も、携帯電話を愛用している。移動中のタクシーの中や電車待ちの時など、とても便利に使用している。でも通常、私は電源を切っている。呼び出しのベルが鳴るのが嫌いなのだ。そのベルが他人に与える不快感が、嫌いなのだ。私は、ベルの代わりに振動するポケットベルを携帯し、緊急の用件などで会社や自宅から連絡の必要なときは、誰にも気づかれずにメッセージが入るように気を使っている。この二つの機械の組み合わせは、周りの人に迷惑をかけずに時間を渡り歩くことができ、とても快適なように思う。

 過日もある大きな講演会の会場でベルが鳴り、会場の真ん中でコソコソと電話を使用する男性に出会い、とてもビックリしたことがある。大学の授業中にポケットベルの呼び出しを受け、電話に走る学生のことを聞いたこともある。なぜこれらのことを、皆は放任しておくのだろうか。それが社会悪だとは感じないのだろうか。新幹線に乗ると車内での携帯電話の使用について案内が入る。これもバブル全盛の頃に始まった社会現象の一つのように思うけれど、今では当たり前のこととなっている。JRの根気の強いキャンペーンのおかげで、ようやく一つの新しいマナーが確立されてきた好例だと感じている。

 このような社会性の確立は、電話機器のメーカーや、NTTやDDIなどの電波を預かる立場の人たちが組み立て、消費者を教育しながら啓蒙し、社会ルールの構築に責任を持たなければならない大切な問題なのではないだろうか。PHP(パーソナルハンディホン)というより身近な携帯電話の実験的な使用が始まり、老若男女を問わずに電話を持ち歩く日はすぐそこまできている。快適な使用環境とは、単に電波がよく届いて良好な音声が確保されることではない。これらの技術的な側面は全く心配していない反面、未体験の文明の産物が私達の生活現場に浸透していく中で、それらの物を使いこなしていく社会ルールの確立というソフトこそが、もっとも緊急に必要とされている課題だと心配しているのだ。

 自動車が赤信号で止まり青信号の合図で動き出すがごとく、誰もが納得し安心して人間本来の生活リズムとの整合性を見いだせるよう、私達は文明の産物に疑問を抱き続けることがとても大切なのではないだろうか。歴史のフィルターがこれらのことを濾過し、それなりに洗練された運用ソフトが見いだされるまで、常にある程度の犠牲が強いられても致し方ないと言うことだろうか。人間の英知というものは、もう少し先んじて動いてしかるべしと願っているのだが。

 極度な携帯電話の使用が、脳腫瘍の原因になり得るのではと言う裁判がアメリカで争われていることも事実なのである。

※発表年代順

筆者
畑 正高(香老舗 松栄堂 社長)

千年の都に生まれ育ち、薫香という伝統文化を生業にして、日頃考えることや学んだことを折に触れ書きつづっています。この国に暮らすことの素晴らしさ、世界の中に生かされていることのありがたさ…お気付きのことがありましたら、お聞かせください。