香・大賞 kaori taisho

第30回「香・大賞」

銅賞

『 金木犀 』
植田 和子(うえだ かずこ) 66歳 主婦 奈良県

 やっと雨があがり、すっきり晴れた日の午後、久しぶりに落ち葉掃きに庭に出た。すると確か昨日までは気づかなかった金木犀が、一斉に香り出していた。我家の近辺には、あちこちにこの大木があって、季節になると窓から家の中にまで、金木犀がほのかに入り込んでくることがある。子供の頃から私はこの匂いが大好きだった。今でも好きに変わりはないのだけれど、でも金木犀が少し辛い記憶とセットになってうかんでくるようになってから、毎年この香りに出くわすと、心の中で小さく溜め息をついてしまうようになった。
 末期癌の父の介護をしていた時、実家の庭の大きな金木犀が、ちょうど花の盛りだったのだ。病人には病名も余命も伏せたままの、とても心重たい介護だった。
 (本当にこれでいいのかな……)と、同じ迷いをグジグジと引きずりながら、金木犀の下で焚き火を突ついていたあの日の夕暮れ時。
 背中にふと視線を感じて、2階の父の部屋を仰ぐと、窓越しにじっと私を見下ろす少しやせた父の穏やかな笑顔が見えた。とっさに私も笑い返したのだけれど、父の姿はスッと見えなくなってしまった。
 あの時、父がいつからそこにそうしていたかは、わからなかった。でも薄暗い庭で、消えかかった小さな焚き火を、いつまでもほじくっている娘の後姿には、私の精一杯の隠し事なんて、きっとばればれににじみ出てしまっていたような気がする。
 その後も、父の様子に別段の変化はなかった。そして私も、最後まで嘘をつきとおし、父を見送った。
 あれからもうずい分と時がたった。けれども金木犀が香る季節になると今だに……。あの時、いくらしんどくても病人と一緒にきちんと現実に向きあい、父の残り時間に寄り添う道を選ぶべきだったのではないかと、同じ悔いをふっきれずに思い返している。