香・大賞 kaori taisho

第26回「香・大賞」

銅賞

『 ほほほほほ 』
長伊 知 63歳 料理店経営

 特別暑かった夏の日々がやっと過ぎ、秋口にさしかかった頃、年格好まちまちの女性3人組が入店された。中年の女性が車椅子に乗った老婆に
「山本さん。やっと来れましたね」
と耳元へ大きな声で話しかけた。
「うん、うん」
老婆は手を揉みながら店内を見回しておられる。40㎏あるかないかの、か細い枯枝のような人だ。ひ孫みたいな人が
「死ぬまでに行きたい行きたいって言い続けてたもんねえ。ホームへ来てからずっと言うてたねえ」
「うん。うん」
 老婆はうなずいて返事をしている。
中年の人が
「この方はこちらのお店に何か特別な思い入れがおありなようですよ。体調も良くなったから今日は98才のお祝いなんです。ずい分と昔に来られたみたいで、その頃は太っていたらしいですよ」
と私に説明された。
「まあ!! ありがとうございます」
ってお礼を言ったが私に山本さんの記憶は全くなかった。
「ほほほ。これでいつでも死ねるわ。ほほほほほ」
山本さんは口に手を当てて童女のような瞳ではにかんで笑っておられる。
「ほんまや!! もういつでも死ねる、死ねる」
ひ孫みたいな人も声を合せて元気づけている。
 私共は神戸ビーフ専門料理店だ。すき焼 しゃぶしゃぶ 焼肉等をお出ししている。山本さんは焼肉を所望された。
 赤々と起こった炭火の上は、霜ふりのカルビがジューと音を立てて灸られている。肉汁とタレが直火に焦げ燻された香りが山本さんの辺りに漂った。童女のような瞳は網の上をじっと見つめたままになった。仏様か地蔵様のように固まってしまった。

 どんな方々とお越しだったのだろうか。
 特別な晴れの日だったのだろうか。私は山本さんの万感交々の思いに添ってみた。
 山本さんの目尻から一筋の涙が伝わった。
ヘルパーさん達にも涙が溢れている。でもすぐに
「ほほほ、ほほほ」
と笑ってお過ごしだ。
今日は3人で
「ほほほ、ほほほ」
とお過ごしだ。