香・大賞 kaori taisho

第25回「香・大賞」

銅賞

『 手化粧 』
白鳥(しらとり) 43歳 主婦 新潟県

 ばあちゃん子だった。共働きの両親に代わり、祖母が私を育て、無償の愛情を注いでくれた。祖母の手は、いつも畑の匂いがした。大きくて厚い手。爪先は土で真っ黒。お世辞にも美しいとは言えない手だが、温もりを感じるその手が大好きだった。抱きしめられるたび、私は祖母の手を自分の頬に当て、確かな幸せを実感するのだった。
 私が通う保育園で、バス遠足があった。仕事を休めない母の代理で、祖母が行く事になった。普段は農作業着で過ごす祖母に
「ばあちゃん、うんとお洒落な恰好してね」
と私は言った。深い意味のない、何気ない一言のつもりだった。だが、祖母にとっては重い言葉だったのだろう。
 祖母は簞笥から服を取り出しては溜息をつき、また片付けるという動作を繰り返した。そして遠足前夜、ついに思い立ったように洗面所へ向かい、長時間、戻って来なかった。
 遠足当日。祖母を見て、私は落胆した。どう見ても流行とは無縁の服。鞄も靴も古臭い。祖母なりのお洒落の限界だろうが、幼い私には納得できない。そしてその祖母の恰好が(なんで、うちだけ、ばあちゃんなんだろう)という理不尽な想いを呼び起こさせた。
 祖母を嫌いな訳がない。が、急に湧き出した自分でも不可解な不満が、一気に爆発した。
「ばあちゃんと一緒に行きたくない!」
大声で泣き叫んでいた。突然の出来事に戸惑い、慰める祖母の手を私は無情に撥ねのけた。
 次の瞬間、祖母は両手で自分の顔を覆い、嗚咽をもらした。うずくまり、肩を大きく震わせる祖母を目の当りにし、私はうろたえた。泣くのをやめ、祖母に近寄り、祖母の顔を覆う手を、じっと見つめた。
 爪先の土が綺麗に落とされている。祖母の手に触れても、畑の匂いがしない……。ハッとした。何も匂わさず、祖母そのものの匂い。それが祖母にできる精一杯のお洒落である事に、私はその時ようやく気付いたのだった。