香・大賞 kaori taisho

第34回「香・大賞」

松栄堂賞

『 時と時との橋渡し 』
梅村 琴音(うめむら ことね) 15歳 高校生 岩手県

 「春過ぎて夏来にけらし白妙の」と、持統天皇と共に初夏の爽やかな風の香りを感じ「花の色は移りにけりないたづらに」、小野小町とは雨に混じる花の香りにため息をつく。「心あてに折らばや折らむ初霜の」となれば、凡河内躬恒(おほしこうちのみつね)と一緒になって雪の香りに隠れる白菊の匂いを探し「ひとはいさ」「いにしへの」ならば紀貫之や伊勢大輔(いせのたいふ)と花の香りに包まれる。「村雨(むらさめ)の露もまだ干(ひ)ぬ槇(まき)の葉に」の歌に香る檜の匂いは格別だ。
 競技歌留多部に所属し、日本史、日本文化をこよなく愛する私。そんな私と過去とをつなぐ媒体のひとつに「香り、匂い」がある。古典なんて意味が分からない、難しいと思っている方には、このことを是非とも伝えたいと思う今日この頃である。
 先ほどいくつかの歌を百人一首から引用したが、これらからも分かるように、昔も今も同じ光景に心を動かされ、同じ花に魅せられ、同じ香りに何とも言えない細やかな感情を抱(いだ)く。もちろん昔の人の方が、五感には敏感で繊細だったであろう。それでも、こちらが想像力を働かせることで、同じことを追体験し、感情を共有できる。これが古典を読むことの魅力であり、その一番の橋渡し役となるのが「嗅覚」であると、私は思う。
 雨が降りそうな時の匂い、雪の日の匂い、時期になれば街いっぱいに広がる花の香り。きっと誰にでも経験はあるだろう。それらを千年前の人々と分かち合い、その頃と繋がる。そんなことをしながら歌留多の試合をすると、鮮明なイメージと共に札を取れる。
 ──その昔栄えた奈良の都で咲いていた八重桜、今日(京)の宮中で美しく咲きほこり、香っています──伊勢大輔は「いにしへの」の歌でそう詠んだ。その桜は今も美しく咲き、香っていることだろう。