香・大賞 kaori taisho

第33回「香・大賞」

松栄堂賞

『 晩白柚(ばんぺいゆ) 』
内田 順子(うちだ よりこ) 64歳 非常勤講師 熊本県

 「先生。その大きな黄色いボールは、何のスポーツに使うのですか」
 私は、10年前に北九州で中学3年の担任をしていた。受験を控える生徒を励ますつもりで、夫の実家から晩白柚を教室に持ってきた時に生徒から質問された。
 晩白柚は、熊本県八代地域特産の世界最大級のかんきつ類である。
 私は、その大きなミカンを、教室の黒板に向かって右側の花を飾る机にビニール袋から取り出して置いた。初めて晩白柚を見る生徒が多く、その大きさに驚き、歓声が上がった。
「人間の頭より大きいねぇ。真冬に輝く太陽みたい」
「今までこんな大きいミカンを見たことがない。どんな味か食べてみたいなぁ」
「どんな木に、何個くらいなっているのか、見てみたい」
生徒の反応は、私の予想以上だった。
 教室に出入りする度に、晩白柚を眺め、そーっと手に触れていく様子はとても可愛かった。艷やかで堅い表皮をポンポンと軽くたたいて、音を楽しんでいる生徒の周りに友達が集まり、笑顔がこぼれた。
「高校に合格しますように」と小さな声で言って晩白柚に向かって手を合わせる生徒。
 何度もくり返し黄色い皮を撫でた後、その手を鼻に当てて、匂いをかいで「いい〜い香り。すごーい」と興奮して喜び、何人もの生徒が匂いを楽しんでいた。受験の辛い気持ちが吹き飛んでいくようで担任の私も嬉しかった。
 春3月、卒業式の前日に生徒全員で晩白柚を食べた。さわやかな香りが漂う教室を後にして、生徒は卒業していった。
 私は、退職後八代で暮らしている。
 5月になると、晩白柚の花の甘い香りがして、あの時の生徒の笑顔が思い出される。