香・大賞 kaori taisho

第32回「香・大賞」

松栄堂賞

『 祖母の仏壇 』
松島 真奈美(まつしま まなみ) 40歳 会社員 愛知県

 祖母が亡くなってから、仏壇には線香もロウソクも点けられることはなくなった。母はこういうことにはまるで無頓着で、位牌に埃が積もっていても気にも留めない。うっすら白くなった仏壇の蓮や仏様を見かねた私が「おばあちゃんの怨念が積もっているよ」と言うと、母は悪びれる様子もなく「吹けば飛ぶわさ」と、イタズラが見つかった子供のような顔をして笑った。
 そういう母だから、私の結婚が決まりいざ式の日取りをとなっても、お日柄というものを気にしない。私の結婚はもう十数年前と古い話で、まして母世代にはまだまだお日柄は大切にされていた時代だったが「次の日が休みになるようにすれば楽だねぇ」と呑気な事を言い、夫となる彼を笑わせていた。
 そんな母がただ一つ出した希望が、私を自宅で着付けさせ花嫁タクシーで送り出すというもの。式場は夫となる彼の住まいを中心に選んだので、私の自宅からは結構な距離なのだが、母は「お金はウチで出すから」と言って私達には口を挟ませなかった。
 式当日の朝、と言ってもまだ月の沈まぬ午前3時にメイクや着付けの方がやって来られた。化粧されつつ着付けられつつ、空は白み日が昇る頃には、姿見の前に一丁前の花嫁が出来あがった。
 鏡の隅に映る父はもう泣いていたが母はまだまだと言って、私の手を引き仏間に連れて行った。仏壇には線香が焚かれ燭台にはロウソクが灯り、怨念のごとく積もった埃は、まさか吹いて飛ばした訳でもあるまいが、きれいに取り払われていた。生前の祖母と私の花嫁姿を見せる約束でも交わしていたのだろうか。母は何も言わず手を合わせている。
 線香が香る。幼い時はあまり好きではなかったこの香りが、今日はこんなにも芳しい。そしてロウの少し甘ったるいような香りがそれを追う。
 あぁ、祖母が仏壇に手を合わす時は必ずこの香りがしたものだ。ふと祖母が傍にいるように感じられる。
 おばあちゃん、お嫁にいってきます。