香・大賞 kaori taisho

第32回「香・大賞」

奨励賞

『 私の香り 』
小海(こうみ) ゆか 24歳 会社員 広島県

 いつものように健太に「今から遊びに行っていい?」とLINEした。当然「いいよ」と返ってくるものと思いながら。出掛ける準備をしつつ返事を待っていると、30分後くらいに携帯が鳴った。健太にしては遅いな。「ごめん、今、親来ててさ」。
 親が来るなんて教えてくれてない。私は半分自分勝手なイライラを募らせながら、今日の服に合わせて選んだピアスを外した。去年のクリスマスに健太とペアで買った時計も。
「怒ってる? ごめん。最近よく会ってたから今日くらいいいかなって。後でなら会えるよ」
 今日くらいって、後でならって、何なのだろうか? でも、ここで怒りが伝わると、私の株が下がる気がした。「全然怒ってないよ。後で会えたら嬉しい」。LINEは表情とか声のトーンが伝わらない連絡手段だから、こういう時助かる。
 本当は怒っているのだ。本当は。
 昼ご飯はいつか買ったまま忘れていたカップ麺で済ませた。昨日のお風呂上りに張り切って塗ったバラのボディクリームが、ラーメンの匂いと混ざって苦しい。イライラが加速する。土曜昼特有の賑やかなテレビ番組を観た。芸能人が離婚した。ネットの記事を読んだ。『彼に好かれる女の特徴』『彼が結婚を意識する瞬間四つ』など。「ドタキャンされても怒らない」「いい香りがする」。わかってる。
 3時間後、健太の家に行った。
「母親が置いてったんだよ。食べる?」
 クッキーだった。何度片づけても散らかる部屋で、一緒に食べた。ふと見ると、目の前の棚に桃のボディクリームがあった。
「これ、健君が買ったの?」
「ああ、母親」
「ふーん」
 今度遊びに来るときは、私が毎日使っているバラのボディクリームを持ってくる。健太を私の香りにする。この部屋を私でいっぱいにする。少しずつ。