香・大賞 kaori taisho

第32回「香・大賞」

奨励賞

『 夜明けの日 』
枕木(まくらぎ) 27歳 自営業 長野県

 中学生になりたてのころ。何かにふと呼ばれたみたいに、深夜に目覚めることがあった。
 寝起きなのになぜか頭はすっきりしていて、まぶたを閉じても目が冴えてしまう。明日も一日学校なので、なんとか眠りに落ちようとする。しかし睡魔はどこかへ行ってしまった。皆が寝静まる家の中で、私はむくりと布団から起き上がった。「夜明けの日」だ。
 隣のベッドで妹が寝息を立てている。息を潜めて寝室から出る。私は足音を忍ばせて進み、二間続きになっている勉強部屋にそっと入ると、窓の障子をすっと引いた。
 時刻は4時の半ばほどで、夏だったので既にほのかに夜が明けていた。山の稜線に薄い光が滲んでいる。どこかで花火か銃声か、得体の知れない何かの音がドン、とかパン、とか鳴っていた。
 すう、と目一杯深呼吸する。明け方の澄んだ冷たい空気が、鼻腔を通って、肺にたまる。深い山の奥のような、でもどこか無機質でなんとなく違う世界のような、そんな匂い。この匂いがとても好きだった。窓から身を乗り出して、髪や体に風を当てる。私の中の余分なものが、綺麗に浄化されていくようだった。
 風に頬を撫でられながら、進む夜明けをただ眺めた。太陽が昇るにつれて、空気に音と、匂いが増えていく。
 始発電車が線路を揺らした。どこかから煙の匂いがする。アスファルトに朝日が当たり、大気が暖められていく。いつの間にか、雀がちゅんちゅん鳴いていた。
 今日という日が始まるのを、リアルタイムで、フルコースで見た。何かが満たされたようになって、昨日あった悲しいことは忘れてしまった。辛いことは確かにあるけれど、ずっとそのままなわけではないのだ。
 台所からお味噌汁の匂いが漂ってきた。お腹がぐうと鳴る。寝室で叫ぶ目覚まし時計を慌てて止めに行きながら、よし、大丈夫だな、と笑った。