香・大賞 kaori taisho

第32回「香・大賞」

奨励賞

『 肯定する香り 』
木村 寛子(きむら ひろこ) 34歳 図書館員 埼玉県

 ねえ、生まれ変わったら何になりたい?
 「やっぱり猫かな」「お洒落なフランス人もいいよね」「鳥も捨てがたいなあ」
 暇つぶしのようなよくあるこの質問に対する、私の答えは決まっている。
「いい匂いになりたい」
 初めて友達を亡くした時、ショックで、しばらくは何をしていても年老いた犬のようにだらだらと涙がこぼれる暮らしが続いた。暇な大学生だった私は現実逃避として、人が死ぬとなぜこんなに悲しいのかを考え続け、それは肉体があるからではないか、という結論に至った。こんな辛くてさみしい思いはもうしたくないし、周りの人にもさせたくない。次に生まれることができるなら、実体のないものになりたい。そう思うようになった。
 匂いのいいところは、まず肉体がないので、なくなった瞬間がわからないところだ。あ、いいな、と思ってもそれは束の間、鼻が慣れて、いつの間にかなくなっている。失った感覚がないので、ショックは少なくて済むし、悲しくない。
 色褪せて劣化していくさまを目の当たりにせずに済むのも重要だ。
 具体的に記憶しづらいのもいい。匂いは、嗅覚として頭の中でリアルに再現することは難しい。しかし、どこかでふと同じ匂いを嗅いだ時に、一気に「その瞬間」に戻ってしまう。かさばる遺品など一切残さず、誰かの予期せぬ記憶のスイッチとして漂うほうがいい。
 いい匂いはなんの匂いだっていい。出会う人びとの周りでなんとなく香って、気づかれないうちに消えていきたい。来世じゃなくて、今、そういう風に暮らしたいなあ……と何もせずだらだらと厭世的に過ごす日が続いた。
 それから10年以上経ち、子供が生まれ私は自動的に母となった。生まれたての子供は生きることのみに集中しており、何より圧倒的な存在感があった。そしてその事は私を強く励まし肯定した。この甘やかな人間の匂いをかげるのは肉体あってこそだ。生きろ、生きろと。