香・大賞 kaori taisho

第34回「香・大賞」

日本経済新聞社賞

『 雪の匂い 』
島田 藤恵(しまだ ふじえ) 44歳 教員 北海道

 秋が苦手だ。なぜなら季節の中でいちばん寒さが堪えるからだ。私の住む北海道は、冬がいちばん寒いのでは? と問われることがある。しかし、北海道は暖房が完備されているため、室内では半袖で過ごせるほどあたたかい。凍ってしまうほど長時間外にいることもめったにない。そこに冬独特の不便さや寒さを感じさせるものはないのだ。
 それに比べ秋は、何につけても中途半端ゆえ、寒さが倍増するような感覚を覚える。紅葉がとっくに終わり、丸裸になった木々が、木枯らしに吹かれている景色は寒々しく、薄着でも厚着でもない服装は、意思とは関係なく秋風を取り込んでしまうこともある。雪道の運転や、終わりの見えない除雪を思うと「冬が来てほしくない」と思うと同時に、この寒さから早く解放されたいという矛盾した気持ちを抱えながら過ごす秋は、ほんとうに苦手なのだ。
 そんな私が、秋の寒さから解放されたと思える瞬間がある。それは「雪の匂い」を感じた時だ。雪に匂いがあるのか? あるのだ。私だけが嗅ぎ取れる特殊能力ではなく、おそらく雪のある街に長年住む人の多くに備わっている力ではないだろうか。初雪が舞い降りる時の匂いは、植物や小さな虫たちの勢いのある匂いを、頭上から静かに消していくような、そんな印象がある。夜通ししんしんと降り積もった後、家や車がすっぽりと真っ白い雪に覆われた時は、不思議とどこかあたたかみさえ感じられる奥行きのある匂いを感じる。また、ダイヤモンドダストが見えるほど寒い日の匂いは、鼻腔の奥まで突き刺さるほど冷たく、すっきりとした匂いで、身体の中まで清潔になれたような錯覚を覚える。
 例年より根雪が遅かった北海道も、師走の半ばでようやく冬を受け入れざるを得なくなった。私は今日も、ピリッとした雪の匂いを嗅ぎ取りながら、冬の終わりに感じられる、やわらかな匂いを待ち望んでいる。