香・大賞 kaori taisho

第33回「香・大賞」

金賞

『 チョコレートの涙 』
五十嵐 弘子(いがらし ひろこ) 90歳 北海道

 校門の前で「さよなら三角…」と歌いながらランドセルをポンと叩いて別れる。それから30分後「また来て四角」と息をはずませて、かよは私の家に現れる。
 かよは父と子の二人暮し、私は8人家族、にぎやかな家庭にあこがれてか、かよは定期便のように毎日来た。勉強、お使い、台所の手伝い、時には銭湯も一緒、夏祭りの夜は揃いのゆかたで踊った。「私たち双子に見えるよね」と私の祖母や母にも甘え、すっかり、我が家にとけこんでいた。
 別れは突然に来た、6年生の秋、かよの父さんの応召で、かよは知人の養女となり東京へ行くことになった。私は言葉を失って涙ぐむばかり。母が「ゆっくりお話(はなし)しなさい」と云ってチョコレートを1枚くれた。その頃、国は激動の時。私たち子供は、おやつなしの日々であったから、チョコレートは初めて手にした高級な洋菓子で、カカオ特有のいい香り、甘くなめらかな心地よい口どけ、奥深い余韻は二人にとって驚きの味だったが、悲しい別れの香りと味となった。私はチョコレートの銀紙のしわをのばし、香りが失せぬようセロハンに重ねてたたみ、大切にしまった。
 2ヶ月程して彼女から手紙が来た。「父が復員して来たらすぐ函館に帰る、その時、東京から同じチョコレート買って行くから待ってて」東京板橋、かよ、新しい名字が無くて返事が出せぬまま月日は過ぎた。
 そして私も空襲に怯える日々となった。
 ある日、東京が爆撃された報に、まっ先きに彼女のことを思った。無事を願いながら大切にしまっていたチョコレートの包み紙を出して香りをかいだ。別れた日から5年も経つ、無惨に燃える東京を思うと切なかった。
 校門の前で歌った「サヨナラの唄」と、楽しかった時間がよみがえった。
 子供の時のように歌って会えるなら、声を限りに歌って会いたい。東京都、かよちゃん会いたいよ。「私は90才になったよ」。