香・大賞 kaori taisho

第34回「香・大賞」

佳作

『 綾香(あやか) 』
澤西 綾香(さわにし あやか) 31歳 主婦 京都府

 子供の頃、自分の名前が好きじゃなかった。小学校で名前の由来を調べるという宿題が出たとき「音がなんとなく可愛かったから。漢字は後から適当に付けた」と親に言われたからだ。私の名前には何の意味もないのだ、と落胆した。自分で辞書を引いてみても「香」はそのまま良い匂いという意味「綾」にいたっては「模様の美しい絹織物」という意味だ。絹織物の香り?これでは訳が分からない。意味ありげな漢字や、兄弟で揃いの名前をもらった友人たちが心底羨ましかった。
 ところが中学校の国語の授業で私はある和歌に出会った。
「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」
 よく見れば「あや」と「香」、私の名前が隠れているではないか。歌の意は「春の夜の闇は道理の通らないことをする。梅の花の色を見えなくしても、香を隠すことは出来ないのに」。暗闇をものともしない梅の香りの強さを讃える、何とも雅な歌である。あやなしの「あや」は、漢字にすれば「文」らしく、物事の道理という意味である。だが、中学生の私は、語意も文法も無視して、もし自分の「綾」だったらどうだろう、と考えてみた。春の夜の、闇は綾なし梅の花──。そのとき私の目の前に、梅の花の香で織り上げられた、きらびやかな一反の綾が、鮮やかに浮かびあがった。それは目には見えないけれど、確かに感じることが出来る、香りが織りなす綾錦だ。
 私はこの歌を好きになり、ついでに自分の名前も好きになった。春の夜闇に広がる、香りの絹織物。親から与えられた意味ではなく、歌の本意からも外れた、単なるこじつけだけれど、それでも良かった。人生って案外、そんなものじゃないかと思うから。皆、親からまっさらな命をもらって、その意味を自分で見つけていく。たとえば素敵な歌に出会ったり、大切な人たちに呼んでもらったりしながら。そうして与えられたものから、私らしいただ一つの名前になるのだ。