香・大賞 kaori taisho

第33回「香・大賞」

佳作

『 母よ、狂い咲け 』
錦織(にしこおり) こと 34歳 パート 鳥取県

 母は自分で白髪染めをする。
 10代の頃に美容師を目指していたからか、素人目にはとても上手にできているように見える。染め残しはないし、そのついでに鏡を見ながら器用にカットもしてしまうからたいしたものだ。
 母は白髪染めを塗りたくったままで掃除をする。ちゃんと染まるためには30分くらい置いたほうがいいらしいのだが、その時間をただ待つのは性にあわないようで、掃除機をかけたりコンロを磨いたりと忙しない。やたらアクティブに動くせいで、あらゆる場所に白髪染めが垂れる。フローリングはすぐ拭けば取れるのだが、畳はどうしようもない。染めた数だけ畳には染みが増えていく。まるで子供の成長を刻む柱のように。
 母の髪の色は少しずつ濃くなっている。若かった頃はけっこうな明るさで、輝く稲穂のような黄金色をしていた。それが歳を取るにつれ栗みたいな茶になり、今ではほとんど黒に近い濃茶だ。いい加減年寄りだからね、と還暦を数年過ぎた母は笑いながら染める。移ろっていく髪の色はなんだか紅葉のようだ。若かった頃は明るく淡かった色が、すっかり濃く暗くなった今に時の流れを感じて、少し感傷的な気分になってしまう。
 僕は白髪染めの焦げたような、薬品を煮詰めたみたいなあのにおいが苦手だ。でもそれを嗅ぐことになるのも、母が髪を染めようとする気持ちの若さと満足に染めあげる技術があるうちだけだ。そのペースは徐々にだけれどゆっくりになってきている。2週間に一度が月に一度になり、今では2ヶ月に一度ほどだ。あと何回、あのにおいを嗅ぐのだろうか。ひとつでも多く畳に染みを作ればいい。そして叶うなら気の迷いでもいいから、若い頃のような明るい色に染めてみてほしい。
 年甲斐もないところを見せてほしい。