香・大賞 kaori taisho

第32回「香・大賞」

佳作

『 人んちのにおい 』
三浦 憂紀(みうら ゆうき) 27歳 大学職員 東京都

 なんか服くさい。
 最近、帰省するたびに母から言われる。しっかり洗濯もしているし、いつもの柔軟剤の「なんたらフレグランス」を身にまとっているはずなのに。
 大学入学と同時に上京し、もう8年になる。挑戦と失敗を繰り返しながら、やっと都会での生き方が定まってきた。もうあれこれ柔軟剤を試してみたりはしない。これは都会で生きる私がやっと見つけた、お気に入りの香りなのだ。
 学生時代はろくに実家に帰らなかったけれど、就職してからは盆と正月くらいは帰省するようになった。家でキャリーケースを開けた途端、いつも「なんかくさい」と言われる。柔軟剤の臭いが変なんじゃないかとか、衣装ケースの臭いが変なんじゃないかとか言いたい放題言われる。
 私からすれば、実家も「なんかくさい」と思う。帰省するたび、玄関に足を踏み入れた瞬間にわかる。家中に充満する「この家」のにおい。昔はこの家自体に「におい」があるなんて感じたこともなかった。小学生の頃、友達の家に遊びに行ったときに初めて「人んちのにおい」があることには気が付いた。離れてみて初めてわかったけれど、この家にも「人んちのにおい」がしていたらしい。どうやら私にとって実家はついに「人んち」になってしまった。
 「この柔軟剤にしなよ。すごいいい香りでしょ」と言って母が持ってきたものは、私が何度も試した上でたどり着いた「なんたらフレグランス」そのものだった。同じ香りを使っていながらお互いにくさいくさいと言い合っていたことに気づき、二人で笑ってしまった。柔軟剤が同じならば、やはり原因は「人んち」のにおいだ。母が私に「なんかくさい」というのは、他でもない自分の娘から「人んち」のにおいがしていることをまだ受け入れられないからかもしれない。
 子どもを連れて実家に帰省するときにもまだ「なんかくさい」と言われるだろうか。