香・大賞 kaori taisho

第34回「香・大賞」

佳作

『 鉄を愛した弟 』
打浪 紘一(うちなみ こういち) 76歳 無職 大阪府

 夕食を終えた後ウォーキングをするのが習慣になっている。ある夜いつもと違う道を歩いてみた。薄暗い道沿いに煌々(こうこう)と明るい光がみえる。近づくにつれ機械の稼働音とともに、金属が焼けるような匂いが漂ってきた。鉄工所で夜間の作業が続いているらしい。その匂いでふと弟の思い出が蘇った。
 弟のアトリエは京都府亀岡市の山間にあった。天井からは太いクレーンが垂れ下がり、床には鉄の切断、研磨用の機械や溶接用のガスボンベが何本も並び、さながら町工場と呼ぶ方がふさわしかった。弟は鉄を素材とする彫刻家だった。自由業の弟は、時間にしばられる私に代わり、独居の母の面倒をよく見てくれていた。
 私は兄としてそのことでずっと負い目を感じていた。
 ある日私が訪ねると、弟は青い火花を飛ばしながら一心に溶接作業に取り組んでいた。その表情の真剣さに、私は声をかけられず、作業が一段落するまでしばらくそこに佇んでいた。アトリエの中には、高熱で焼かれた鉄の匂いが濃厚に漂っていた。力強い匂いだった。
 郵便局で働く私は、市制50周年の記念ポストに設置する茨木童子の像の制作を頼みにやって来た。
 弟は、作業中とはうって変わった人懐こい笑顔で「兄ちゃんの頼みやったらなんとかせんとあかんな」と、快く引き受けてくれた。ふっと幼い頃一緒に遊んでいた時のように、弟との距離が縮まった感じがした。
 その頃弟は、後にパブリックアート最優秀賞を受賞した5メートルを超える大作の制作中だった。わずか50センチほどの小像の制作に構っている時間などなかったはずだが、1か月後見事な茨木童子像を作りあげてくれた。像を受け取りに来た私に 「兄ちゃんもうすぐ定年やな。そしたら昔みたいに母ちゃんを連れてきてここで焼き肉パーティでもやろうや」と弟はにっこり笑った。
 だが、この約束はかなわなかった。茨木童子像の完成後まもなく弟はアトリエで急逝した。駆けつけた私の鼻腔に、またあの鉄の焼ける匂いが漂ってきて、弟がアトリエのどこかで彫刻を制作し続けているとしか思えなかった。「なんでこんなに早く……」と私は慟哭(どうこく)した。あれから20年、私は時々記念ポストの前で立ち止る。磨き上げられたステンレスの茨木童子は、今も、弟の芸術家魂のように輝いて私を見ている。