香・大賞 kaori taisho

第33回「香・大賞」

佳作

『 菊の花よ祖母のそばに 』
鈴木 ヨツ子(すずき よつこ) 68歳 主婦 東京都

 秋が来て、黄色い菊の花が咲いているのを見かけると祖母を想い出す。そして祖母が大好きだと言った匂いを嗅いでみたくなる。
 私の記憶の中に最初に祖母の姿が浮かんでくるのは弟が生まれた時のことだ。私は4才だった。その時は視力が弱いながらもまだ元気で、産婆さんの手伝いをしていた。
 その後、祖母の視力はどんどん落ちていき、私が6才になった頃にはほとんど見えなくなっていたようだ。父や母は農作業で忙しく、兄や姉は学校なので、昼間トイレに連れて行くのは私の役目だった。トイレに行きたくなると祖母は私の名を呼ぶ。身体の大きかった私は、祖母の役に立てるのが嬉しくて、いつ呼ばれてもいいように近くにいたものだ。田舎のトイレは家の外にあって、庭に出て少し歩かなければならなかった。
 その日もトイレに行った帰りだった。祖母が急に「菊の花咲いてっか」と聞いてきた。見ると庭の隅に毎年咲く黄色い菊の花がたくさん咲いていた。私は「いっぺ咲いてるよ」と祖母を花の所へ連れて行ってあげた。祖母は菊の花を撫でながら「いい匂いだ。婆(ば)っぱはな、菊の花の匂いが大好きなんだよ」と言って、身体中を菊の匂いでいっぱいにしようとするように何度も匂いを嗅いでいた。真似をして嗅いでみるといい匂いがした。
 それから少しして、祖母は具合が悪くなり寝込むようになった。もうトイレへも連れて行けなくなった。そしてたまたま、父と私だけが側についていた時、スーッと高く手を上げた後、眠るように息を引きとった。
 あの手の先には何があったのだろう。
 祖母が亡くなった歳と同じ年代になった今、私は祈るようにこう思う。
 あの時の祖母の手の先には、祖母の大好きだった黄色い菊の花がたくさん咲いていたに違いない。
 そしてあの日二人で嗅いだ菊の香りが、あたり一面漂っていたに違いない……と。